EVER...
chapter:2-story:45
悪魔の性

 

 いつ気付くのかな、とリオは息をつめて見守っていた。例の兵器はあれからまだ実験をしていないので、一応はまだバレていない。戦場に着いたらあの兵器の生産を増やすと言っていたのを小耳に挟んだリオは、それならやることは尽きなさそうだと考えていた。

「カートラルトの首都まで、後どれくらい?」
 カインに聞くと、彼は気のない風に言った。
「またちょっとあるんじゃないの」
「じゃああと何日くらい?」
「……十日ぐらいだろ」
 カインは答え、ちらりとリオを見た。
「姉ちゃん、最近そわそわしてるぞ」
「そう?」
 こういうときは平静に限る。
「何で? あたし、なんか企んでるように見える?」
 先手を打たれたカインは少し視線を泳がせた。
「というよりさ……何かを気にしてるみたいだ」
「そうね。いつ戦場に入るのかは気になるよ。あたし、戦争は嫌いだもん」
「相変わらず甘ちゃんなんだな、姉ちゃんって」
「あんたは平気なの? 人が死ぬところを見るのとか、血を見るのとか」
 カインは無関心に言った。
「いちいち気にしてられるかよ」
 リオは黙った。こんなに幼いのに、平気だというのか。人というのは、慣れていない限り、人の死は怖いものではないのだろうか。
 今、自分が同行しているのは、この世界の破壊を目的としている者たちなのだと実感した。世界を支える魔法を、魔源郷を破壊しようとしている。――サタンという指導者の下に。
 きっとサタンはカリスマ的な指導者だったのだろうなとリオは思った。普通、リーダーが倒れたら次のリーダーが出現するものだ。なのに悪魔たちは、サタンが封じられただけで敗走を余儀なくされ、千年待った挙句に、まず目標達成のためにしようとしたことはサタンの復活の手助けだけだ。
「カイン。思ったんだけど、サタンがいないとあなたたちってダメなの?」
 カインはちらりとリオを見た。
「姉ちゃんって、こういう話をする時はいつも“あなたたち”って自分を除外するよな」
「価値観が違うことは良く知ってるでしょ。それより、答えてよ」
 カインは少し眉をひそめたが、言った。
「死の鎌って、聞いたことあるか?」
「死の鎌……?」
 以前まだ王宮にいた頃、ライリスやリディア、ノアと一緒に降魔戦争のことを調べていた時、ライリスの読み上げた本の中に出てきた気がする。サタンの死の鎌。
「俺たちの力の総結晶というか、端的にいえば破壊の力を最高に高める道具だな。あらゆる魔法も物も、粉々に吹っ飛ばすんだって。まあ、対魔源郷の武器だよ。手っ取り早く魔源郷を壊せるんだ」
「ふぅん……」
「鎌はサタンにしか扱えないんだ。サタンでないと制御する力がない。でも鎌がないと、これがなかなか人間も侮れる相手じゃないんだよな。仮にも神と似せて作られた生き物だし、魔力も高いとくる。そこに、存亡の危機っていうプレッシャーがかかって必死になってるわけだからさ。サタンにいてもらわないと、結構困るんだってさ」
「……意外と、ものすごく損得をみた理由なのね」
「まあな。でもやっぱり、サタンって俺たちの王なんだよ。人間たちに王が要るように、俺たちにも要るのさ。誰からも尊敬されてる。誰をも惹きつける。人間の中にもサタン側についたやつがいるらしいね。――クローゼラが良い例だ」
 確かに、悪魔たちは皆、自分がリーダーになるより、いかにサタンに認めてもらえるかを望む傾向がある気がする。短気で傲慢なメフィストフェレスさえ、一度たりともサタンに成り代わりたいとか、サタンの意思に少しでも反したことは言っていなかった。サタンの姪というだけで、リオに宣伝効果があるというのも頷ける話かもしれなかった。
 そして、クローゼラ。リオの全てが狂い始めた現況。しばらく聞いていない名前だったので、あまり思い出しもしなかった。しかし、以前も今も変わらず、絶えずちらちらと、リオの周りにその存在がちらつく。少し、嫌な気分だった。
 そして、なぜだろう。話を聞いていると、どうしても感じる。ここは、この場所は、とても……
 とても寒い。

 山のふもとに沿ってさらにカートラルトの王都に近付いたある晩、久々にベリアルがリオのところにやってきた。リオは少しクローゼラについて聞きたかったが、ベリアルの態度はやはり、前より幾分冷ややかだ。
「どうも最近は大人しいようだね、レオリア?」
「暴れる機会もありませんでしたし」
 リオはそう返し、注いだ飲み物を先にベリアルに渡した。それから自分も一杯注いで、カップを手に座る。
「今日はどうしたんですか?」
 聞くと、ベリアルはニコリともせずに言った。
「メフィストといると疲れるのでね。お前のほうがまだ、言うことが面白くて新鮮なので面白いのだよ」
 冷めた声で言われても、褒められている気がしない。
「実はお前をどう扱うか悩んでいるところだ。我々に組みする意思はないようだし、綺麗事ばかり言って実益を無視する。けれどお前はサタン様の唯一の血縁で、サタン様がいない今はサタン様に最も近い者でもあるから、位としてはお前が最も高いということになるのだよ」
 リオは思わず言った。
「そんな位はいりません」
 ふん、とベリアルは鼻を鳴らした。
「言うと思った」
 そして、寒いとでも思ったのか、ベリアルは暖炉に向かって手を一振りした。炎が少し強まる。
「お前の思想は、火を見るより明らかだからな。明らかに旧神派だし、この世界を好いている。到底、我々とは相容れない」
「…………」
 リオは何も言い返さなかった。今さらだ。リオはここに来た時から、いや、いつだってそうだったのだから。
「けれど、お前の血筋は無視できぬ。サタン様の血縁ということは、同じような力を引き継いでいるのだろうからね。手放せる状況でもないのだよ」
 つまり邪魔でいけ好かないけれど、利用価値があるので捨てられないということか。リオは黙って聞いていた。魔法の炎が炉ではぜるのを見つめながら、ベリアルの言葉を待つ。
「私はお前を手元に残して、それなりに役に立ってもらいたいと思っている。だが、旧神派を見過ごすわけにもいかぬ。だから、お前に忠告をしておくことにする」
 リオは炎から目を離してベリアルを見上げた。悪魔の、真紅の細い瞳。
「次に、何か我々の妨害をするようなことをしたのを見つけたら、情けはかけぬぞ。何もできぬように呪いをかけて監禁してやる。散歩とて許しはせぬからな」
 本気なのがよくわかった。元々ベリアルは美しいから、凄んだ表情にも迫力がある。リオは思わず唾を飲んでベリアルを見つめ返した。その反応に気をよくしたのか、ベリアルは薄笑いを浮かべる。
「そう、クローゼラが守護者にしたように、血の契約をお前と結ぶのもよいかも知れぬな」
「そしたら……絶対服従ですか」
「そうだ。クローゼラは半端者だから契約者に見返りなどを与えているが、われわれは神だからな、人の子相手ならば一方的に契約を押し付けることも可能なのだよ。お前に見返りなどくれてはやらぬ。今も、契約せぬのは面倒だからというだけだ。手順が複雑な上に、かなり魔力を消耗するのでな」
 ベリアルは飲み物を入れたカップを弄んだ。細い指先はまさに神の手のようで美しい。
「血の契約は、心身を売り渡す契約。本心がどんなに逆らっても、命じられれば拒めぬ。支配魔法では最も強力なのだよ。結ばれるのが嫌ならば、大人しくしておれ」
「…………」
 といわれても、とリオは思う。既に一つ彼らの妨害をしてしまったのだ。しかもたぶん、かなり手痛い損失をさせた。その上、バレるのは時間の問題ときている。自分の、魔力を消す力が、ウィルでも破れなかった血の契約を破るほど強いのだろうかと考えた。そうすれば心配はないのだけれど、破るに破れない事情ができてしまったとしたらどうしようもない。
 いざとなったら、また用を足しにに行くフリをして逃げようかと思っていた時、その「いざ」はあっけなくやってきてしまった。
 一人の悪魔が天幕に飛び込んできて、ベリアルに礼をした。
「ベリアルさま、例の兵器が働きません」
 ベリアルは立ち上がった。
「何だと?」
「かけた魔法が全て解けているようなのです。この頃よく起こる、“怪奇現象”にやられたのではないかと……」
 ベリアルは外へ駆け出した。残されたリオはヤバイ、と感じた。ついにバレた。まだ犯人は特定されていないようだが、そもそも動機を持つ者はリオ一人だ。逃げるなら今すぐだ。
 しかし――。

「レオリアはどこにいる!?」
 これまで一番立腹した顔のメフィストフェレスが天幕に乱入してきた。すごい形相でリオは声も出ずに縮み上がった。天幕の隅まで避難して、なるべく彼から離れる。彼の猫のような瞳孔は怒りに満ちていて、今にも怒りは炎にでもなって天幕を焼き尽くしそうだった。
「な、なんですか」
 リオは必死にとぼけたが、効果はなかった。
「お前だな。レオリア。我々の苦心を水の泡にしやがって!!」
 吠えるような怒声が響く。明らかな殺意がこめられていて、どう考えても、続いて叫ばれた言葉は本気だった。

「殺してやるっ!!」



最終改訂 2008/09/25