EVER...
chapter:3-story:03
しばしの別れ
 

 

 馬車の近くまで戻ると、ウィルが待っていた。心配してくれていたようだ。リオは彼に向かって手を振り、駆け寄った。
「あたしはオーリィにとって危険なだけじゃないから、今は泳がせてくれてるって。だから安心して」
 先に安心させようと思っていったら、ウィルは首をかしげた。
「そんなことを、本人に聞きに行っていたのですか?」
「あ、ううん、そういう訳じゃないんだけど」
 二人で歩こう、とウィルが行ったのでリオはついていくことにした。リオは本の少し息を吸って、話し続けた。
「オーリィは、レインのことをどう思っているのか、気になったから」
「オーリエイトが、レインをですか?」
 リオが頷くと、ウィルは少し考え込んだようだった。
「まあ、どちらかといえば好いているんでしょうね」
「……やっぱり?」
「そしたら、困るのですか?」
「ううん、そしたら良いなって思う」
 想っている人が想ってくれるのは奇跡で、とても尊いことだから、いいことだ。
「ウィルは、オーリィがどうやって千年前から生きてるか、知ってる?」
「いいえ。リオはオーリエイトから聞いたのですか」
「うん」
 リオは頷き、かいつまんで説明した。リオたちに話したのだから、ウィルに言っても支障はないはずだ。話を聞いたウィルは興味深そうだった。
「変わった魔法ですね。……不老よりも、不死に特化した魔法のほうが完成している、ですか。そういう理論は初めて聞きます。太古の魔法は不思議だ」
「血の契約も、太古の魔法なんだよね?」
 聞くと、ウィルは頷いた。
「ええ。……もしかしてあなたは、血の契約だけでなくオーリエイトの呪いも解くつもりなのですか」
 そこまでは考えていなかったので、リオは首を横に振った。
「オーリィが解きたがっているなら、考えるかも」
「……そうですか」
 千年を生きるというのは、どういう感じなのだろう。そして、その時の流れの中で、ひっきりなしに愛した人との別れを突きつけられるというのは。
 もしかしたら、心の底では受け入れながら、オーリエイトがレインを突き放し続ける理由はそこにあるのかもしれないとリオは思った。そして、だとしたらレインはそれを知っていながら、オーリエイトを愛し続けるのだろうか、と。なんだか、レインが心配だ。万が一オーリエイトに何かあったら、後を追いそうな感じだ。
 ふと、気になってリオは隣のウィルに聞いてみた。
「ウィル……例え話なんだけど、あたしが万が一死んじゃったとしたら、ウィルはあたしの後を追う?」
 ウィルは笑った。
「いいえ」
「どうして?」
「そこまで好きじゃないから、というわけではないですよ?」
 リオは苦笑した。
「うん、分かった。でも、だからこそ、どうして?」
「あなたが望まないと思うから、ですね」
「……それだけ?」
「私は、思うんです」
 ウィルは言った。
「今日は辛くて、苦しくて、死にたくてしょうがないとしても、明日には笑えるようになる、それが強いということなんだ、と」
「……うん」
「リオはそういう意味で、とても強いです。だから、私も強くありたい。一時の悲しみで前が見えなくなって、笑えるはずの明日をなくすのは、あなたに好きでいてもらえるほど、あなたに釣り合うほど私は強くないということになってしまう。それは絶対に嫌なんです」
 ふわり、とウィルが笑う。ああ、この表情。リオはウィルと手をつないだ。溢れ出して止まない好きだよ、という気持ちを手渡すように。本当に彼は、いつも望んだ以上の答えをくれる。「あなたがいないと生きていけないから、あなたが死んだら私も死にます」と言われるより、何倍も何倍も愛されている気がした。
「リオはどうなんです? 後を追ってくれるのですか?」
「あたしも、追わない」
 だから、そっと返す。
「ウィルもあたしが後を追うのを望まないと思うし。それに、あたしはウィルと一緒に生きたいの。一緒に死にたいわけじゃないわ。おいていかれるのは辛いけれど……でも、あたしが生きている限り、思い出があたしの中にあるってことだもの」
 人の思いは、世界の一部だ。
「あたしが死んでしまったら、その思い出は消えてしまうわ。だから、意地でも長生きして、思い出も長生きさせる。それが、一緒に生きていくことになるんじゃないかって思うもの」
 つないだ手が、引き寄せられた。リオは引かれるままに、ウィルの胸にぽすりと収まる。そのまま抱きしめられた。
「……あなたはいつも、私が望んだ以上のものを返してくれるのですね」
 ウィルが呟く。
「レインも少しぐらい見習うべきですね」
「……それ、レインに言ったらすっごく嫌がられると思うよ」
 何せ闇の守護者と魔王の姪の肩書きがなければ、リオは彼にとって危険人物第一位なのだ。
「嫌がるという時点で、彼は馬鹿です」
 ウィルは断言して、リオを放した。リオは彼が相変わらず柔らかに笑っているのだと思っていたけれど、思いがけず、彼の笑みは哀しそうだった。
「リオ」
 風が吹く。頬を刺すような冷たい風だった。
「……明日から、しばらくお別れです」
 ひゅるひゅると吹き抜ける風の音に、その言葉が重なった。


 ぼんやりしていると、リオはアーウィンに声をかけられた。
「リーオっ。大丈夫か?」
「あ、アーウィン……帰る準備は?」
「とっくに終わったぜ。オレ、いっつも荷物は必要最低限のものしか持たないようにしてんだ」
 アーウィンはいいながら、リオの隣に座った。並んで見上げる空は暗い。
「寂しくなるな」
 リオが声に出しては言えなかったことを、アーウィンはごく自然に言った。
「リオが戻って来てから、やっといつもの日常になった、って思ってたのにな」
「あたしが戻って来てから?」
「そうだよ。当たり前だろ。全員揃わない日常なんてゴメンだぜ?」
リオは微笑んだ。
「ありがとう。嬉しいよ」
「そういうわけだから、期待してるぜ、リオ」
「うん」
 何のことかは明白だ。契約書のことだろう。
「こら。サボってる場合か」
 そこへ、現れたのはエルトだった。
「サボってねぇよ。オレは荷造り終わったぜ」
 アーウィンが反論する。「荷造りって……あの小さなカバンひとつだけ?」
「ああ。エルトはもうカバン二つできてたじゃねーか。まだ終わってねーの?」
「……薬の瓶が多いんだよ」
 エルトは少々憮然とした顔で返す。アーウィンはエルトを見つめ、ふと首を傾げた。
「オレを呼びに来たん?」
「え? ああ、まあそれもあるけど」
「リディアとノアに小言があるんだったら、さっき二人でペガサスの様子を見に行ったぞ」
「小言って何、小言って」
「いっつもくどくど注意してるじゃんか」
「くどくどは余計だっ!」
 二人の様子を見て、リオは思わず笑ってしまった。
「笑うなっ」
 エルトはますますむきになる。
「だって、なんかいつもの二人だなって」
 リオは笑いながら言った。
「あたしたちの方が落ち込んでるみたいなんだもの。ちょっと元気出たわ」
「そ、そう?」
 エルトが意外そうな顔をした。
「ならいいけど」
 するとアーウィンがけらけら笑いながら言った。
「んなことねーよ、リオ。オレたちも落ち込んでたんだぜ。エルトなんか今朝、オレにグチグチ……」
「ばっ、言うなって!」
 エルトに口をふさがれたアーウィンはもがもがと声にならない声を漏らした。リオはその様子にくすりと笑みをもらす。この二人のやり取りはほほえましい、と思った。
 エルトはアーウィンの口から手を離すと、腰に手を当てて聞いた。
「っていうか、荷造りが終わってもクローゼラに会うための準備とか、いろいろあるだろう」
「なんだそりゃ。そんなのに準備がいるのか?」
「……お前、何の準備もしないで会うつもりだったのか」
 エルトは、どうしようもないやつ、とでも言いたげな溜め息をついた。なんだよー、とアーウィンは声を上げる。
「どうせオレがへまをするんじゃないかとか考えてんだろ。オレが口開かなきゃいいんだろ」
「開かないでいられるわけ?」
「なんだよそれ」
「お前はいつも、言いたいことを我慢しないじゃないか」
「へんだ、オレのが嘘とか演技はうまいもんね。だいたいさ、」
 アーウィンはちらり、と鋭い視線でエルトを見上げた。
「どうせすぐ逃げんだから、ちょっとくらい反抗したっていいだろ。オレ心の底からクローゼラみたいなタイプ嫌いだし」
「……アーウィン……真っ正直」
 リオが思わず苦笑しながらもらすと、アーウィンはリオににやっと笑いかけた。
「逃げんのが楽しみだぜ」
「まったく……」
 エルトはお手上げだ、というように、溜め息と一緒にそう呟いた。
「知らないからね。あとでフォローなんて期待しないでよ」
「とかなんとか言って、エルトのことだから、本当に頼られたらほっとけないんでしょう」
 リオが指摘すると、エルトは言葉につまり、ほんの少し怒ったように頬を染めた。
「ほっとく!」
「えーっ」
「意地でもほっとく!」
「……意地の張り方が間違ってるよ」
 隣でアーウィンが声を立てて笑った。リオもつられて笑う。
 ひとしきり笑って気が済むと、ふと、アーウィンが呟いた。

「オレら、いつまでこうやって笑ってられんだろうな」

「ずっと、だよ」
 リオは迷わずに答える。
「死ぬまでずっと。理想は、死ぬ時も」
「ん」
 アーウィンは茶化さず、神妙に頷いた。
「でも、なんで断言できんの?」
 リオもエルトも、じっとアーウィンを見つめた。二人の視線に気づいてアーウィンは首を傾げた。
「どしたん?」
「いや、だって……」
 エルトが少し戸惑ったように言う。
「一番最後まで笑ってそうなお前が、そんなこと言うから」
「んー、まあな。そりゃ、できるならずっと笑ってたいけど」
 彼はほんのり微笑んで、目を閉じる。
「戦争だろ。人を殺して、人が殺されるんだろ。さすがに自信ねーや。っつーか、ちょっと不謹慎って気もするしな。そんなときに、笑ってんのって」
「…………」
 エルトもきっと、同じように感じていたのだろう。返す言葉がないように口をつぐんでいた。
「最後に笑えればいいんじゃないかな」
 リオはウィルの言っていた言葉を思い出して、言った。
「そういう意味で、ずっとって言ったの。確かに戦争のときに笑うのは不謹慎かもしれないけど、でも最後には勝って、笑って、そしてそれからは泣いたりしてもすぐに笑える日がすごしたいな」
「それ、いいな」
 アーウィンは気に入ったようだった。
「今は泣いても最後は笑う。ん、それがいいや。オレっていつも目先しか見ねーからなぁ。そんな長い目で考えなかったわ。ありがと、リオ」
「ううん。実はウィルの受け売りだし」
「ウィルか……あいつの言いそうなことだな」
 エルトが呟いた。
「あいつが一番、自分が倒れないで済む方法を知ってる気がするし」
「そうだね……」
 リオは肯定した。多分、ウィルは前向きになる方法を、絶望しない方法をたくさん知ってる。何度もそうやって這い上がってきたのだろう。
「僕も見習わないとな……」
 エルトが呟いた。
「あれこれ心配している場合じゃないだろうな。……強くならないと」
「みんな、弱いよ」
 リオは言った。
「弱いなりに工夫してるんだよ。だから、エルトも大丈夫」
「……うん」
 彼も言って微笑んだ。

「ねえ」
 リオは笑う。今は笑える。明日も笑おう。笑えなかったら、明後日にまた笑おう。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「わかってるよ」
 友人たちも、笑顔を返してくれた。




最終改訂 2009/05/28