05
リタは持久戦を展開することにした。ジェレミーがまじないを突破してはリタがまたかけ直すというイタチごっこが始まった。フェイ・ファミリアの守護妖精がどれくらいの力を持っているのかは知らないが、力の源である羽根がないのなら、鍵一つ開けるのだってフルーエリンには骨が折れる仕事のはずだ。そのうちに力が弱ってくれれば良いという魂胆である。
しかしジェレミーは相変わらず、アフタヌーンティーの四時になるとリタの部屋に現れた。いつもニコニコ笑って楽しそうだ。
「リタの師匠はアシュレイ・ベッセマーなんだろう?」
どこから情報を仕入れてきたのか、そんなことを言っていた。
「赤の魔女アシュレイ。僕も聞いたことある。有名な魔女だよね」
「そうですね」
リタの返事はそれに対し、いつも短かった。
「師匠の事を知っているんですね。あなたはいつから監禁されているんですか」
「今年に入ってから。当主が死んでからだよ」
ジェレミーは答えたが、その話には触れてほしくなさそうに、話題を戻した。
「アシュレイの弟子って事は、リタも優秀なんだね」
「そうかもしれません。諦める気になりましたか?」
「何を?」
「扉よりこちらに来ることをです」
ジェレミーは不愉快そうな顔をした。
「どうして君はいつもそっちに話を持っていきたがるんだい? 会話を楽しんでくれたって良いじゃないか」
このマイペースめ。
「報酬がかかってますから」
ジェレミーはリタの答えに苦笑した。
「じゃあ、僕を助けてくれたらそれ以上払うって言ったら?」
「ありえません」
「どうしてだい?」
「向こうは言い値を払うそうですから」
一瞬、ジェレミーにむっとした、苛立ったような表情がかすめた。
「……リチャードめ、そこまで僕を排除したいのか」
彼は忌ま忌ましげに言った。リタはこの時点で、ジェレミーがどれだけ人畜無害に見えようと、心は開くまいと決めた。彼はリタに取り入って、力を借りて解放してほしいらしい。それでは報酬がパァだし、第一彼を解放するよりも、監禁する方が楽そうだ。
ジェレミーは時々ティータイムが終わってもおしゃべりをしていくことがあったが、大抵はそこで部屋へ戻っていった。リタは例の扉がある部屋に、誰かが入ったらすぐ分かるようにまじないをかけておくことにした。どこから自分の情報が漏れたのか気になったのだ。魔女はプライバシーを侵害されることに敏感なのである。それから扉の鍵のまじないもかけ直し、ちょっと下へ下りていった。依頼主の紳士に、毎日仕事状況の報告を義務付けられているので、紙と便箋をもらいに行くのだ。
依頼主の紳士は一度も屋敷に姿を現していない。田舎のカントリーハウスにでも引っ込んでいるのだろう。そしてリタが、まじないをかけても破られる、と状況の良くない報告をしても、別に怒っていないようだった。成功するまでに時間がかかるのは予想内のことらしい。そして主がいないせいか、屋敷はいつでも、人気が感じられないくらい静かだった。
ここ数日でようやく一人で執事のウィルキンズの部屋までたどり着けるようになったリタは、上品な彫り込みのされたドアを叩いた。部屋の中で人が歩き回る気配がして、小さくドアが開くと、その隙間から紙と便箋が無言で差し出される。少し視線を上げれば、睨んでくる一対の目があった。リタも黙って、差し出された物を受けとる。会話の一切無いやり取りが終了すると、ドアはバタンと閉まった。本っ当に嫌な執事だ。女中達とグルになってリタを疎外する気らしい。
「リタ、怖いぞ」
キットがリタの表情を見て言った。
「怒ってるな」
「そりゃね。でも、それほどではないよ」
リタは言って部屋へ戻る道をたどり始めた。
「私が人恋しくて仕事を辞めるようなやからに見えるとは言わぬだろう?」
「ああ、見えないな」
キットはあっさり言った。
「なあリタ、思ったけどリタの話し方、やっぱり変だぞ。師匠のしゃべり方が移ってる」
「日常生活に支障はないのだよ」
「……年寄りくさく聞こえるんだよ」
「別に構わない」
「あ、そ……」
その時、リタの持っている鈴がチリンと鳴った。キットがリタを見上げる。
「早速引っ掛かったみたいだな」
誰かが扉の部屋に入ったら鳴るように、まじないをかけておいた鈴だった。リタは魔女の杖を握り締めた。
「現行犯だね。すぐ行こう」
キットが先導して階段を駆け上がった。廊下を走り抜け、また階段を駆け上がり、見覚えのある階にたどり着いた。
例の扉の部屋のドアはわずかに開いていた。押し開けると、一人の女中が開かない扉と苦闘しているところだった。彼女はリタを見るとびくりと肩を震わせてひっと言った。慌てて扉から離れ、文机にあった封切り刀を手にとる。
「こ、来ないで、魔女!」
言って投げつけた刀は、狙い通りにリタ目掛けて飛んできた。リタだって刺さりたくないので杖を掲げる。簡単なまじないを唱えて刀を跳ね返した。金属特有の澄んだ音を立てて床に落ちたそれを見て、女中は二度目のひっ、を呟いて壁に張り付いた。リタは彼女にゆっくり近付いたが、女中は動くこともできないようだ。
「さて、女中さん」
杖を突き付け、リタは沈着に言った。
「扉の向こうに行って何をするつもりでした?」
女中は口を開いたが言葉が出てこない。そのままどうやら恐怖が頂点に達してしまったらしく、かくりと失神してしまった。