06


 仕方がないので女中はリタが部屋に運んだ。持ってきたトランクの中から材料を出し、簡単な気付け薬を調合する。

 女中を観察していたキットが呟いた。
「美人だな」
 リタも薬から顔を上げた。
「そうだね」
 黒髪のきれいな女中だ。清楚な感じで、年の頃は17、8ぐらい。リタより年上なのに、あどけない感じがする。
「あの坊ちゃんの彼女だったりして」
 キットが言った。
「先走りすぎでは?」
「そうかなぁ。だって、閉じ込められた良家の坊ちゃんとそれを慕う女中って、絵になるじゃないか」
「それだけの理由? 猫のくせに想像力は豊かなのだね」
「悪かったな」

 リタは出来上がった薬を持っていき、女中の口をあけた。
「おいおいリタ、薬が間違ってないか、確認しないのか?」
「実験台がいない。キット、なる?」
 キットはふるふると首を横に振った。
「それに、この人は私に殺人未遂を犯してる。これくらいの危険には遭ってもらわねば」
 根っからの魔女だな、とキットは呟いた。

 幸い、薬は成功だったようで、薬を口の中に流し込んで飲み込ませると、程なく女中はうーんと呻いて目を開けた。部屋を見回し、リタを見つけ、またひっと言って布団を掴む。リタはちょっと呆れた。
「どうにかするなら、気を失っている間にしていますよ」
「だ、だって……」
 女中はリタの持っている試験管に目を留めた。
「それは?」
「気付け薬」
 女中は口を閉じ、もぐもぐさせた。口の中に残る妙な味に気付いたらしい。少し青ざめて彼女は聞いた。
「な、何が入っているのですか?」
「え? コウモリの胆汁、カエルの舌、トカゲの尻尾にイラクサ……ああ、また飲まされたくなければ気を失わないでくださいね」
 女中はリタの最後の言葉でかろうじて気を保った。
「は、吐きそう……」
「なら嘔吐止めを出しましょうか」
「け、結構ですっ!!」
「効き目は確かですけれど」
「もう大丈夫です何も要りませんからーっ!!」
 リタはくすりと笑った。反応の面白い人だ。女中はまだ警戒しながらも、リタがわずかに見せた笑みを、珍しいものを見るようにしげしげと見つめた。

 リタは近くのいすに腰掛けて、名乗った。
「私はリタです」
「あっ、シャーリーです」
 女中は完全につられた形で名乗った。それからはっと口を押さえる。
「別に呪ったりしませんから」
 リタは言った。
「それよりあなたたちは、時々扉の向こうに行ってるんですか」
 女中は表情を固くした。
「私の師匠がアシュレイ・ベッセマーだと、いつの間にかあの人が知っていたのですよ」
 リタが言うと、女中は諦めたように言った。
「……はい。坊ちゃまのお話し相手になろうと」
 それから、恨めしそうにリタを見つめる。
「扉を開かなくしたの、あなたですね」
「それが仕事ですから」
 リタはさらっと言った。
「私を恨むのは筋違いです」
「でも、旦那様に逆らうわけにはいきませんし」
「扉を開けた時点で逆らってるじゃないですか。それに、それならあなたのはただの八つ当たりです」
 女中はちょっとむっとしたようだ。
「だって、かわいそうだと思いませんか?」
「思いません」
 リタはきっぱりと言った。
「豪華な部屋に暮らして、庶民が一生口にしないようなものを食べて、そんな人がかわいそうだとは思いません」
 少なくとも彼にはまだ意思を持つことが許されるのだから、まだマシだ。しかし女中は言い返す。
「一歩も屋外に出られずにいるなんて、ひもじいよりも苦しいことなのですよ」
 幸せ者の言い分だな、とリタは内心冷笑した。ジェレミーも、この女中も知らないのだ。ひもじいことと外に一歩も出られないこと、両方が合わさったときの苦しみを。
「そうでしょうか。比べられるようなものだとは思いませんけれど」
 リタはエメラルド色の瞳で女中を見返して言った。そして気になったことを口にした。

「どうしてあなたたちは、そこまであの人の肩を持つのですか」
 女中は挑戦的にリタを睨んだ。
「魔女さんは、妖精に会いましたか」
「ええ」
 女中は勝ち誇ったように言った。
「フェイ・ファミリアの守護妖精は、当主にしか従わないのです」
「………」
 リタは黙った。
「あなたを雇った男を、私たちは現時点では、仕方なく旦那様と呼んでいます。けれど、本来は――」
 女中は、分かるでしょう、とでも言いたげにリタを見た。リタはちらりとその表情を見やって言った。
「そうですか。それでも、私に依頼をしたのは“旦那様”であって、あの人ではありませんから」
 女中はどうして分かってくれないんだ、という顔をした。

 それを見て、リタは首を傾げる。
「あなたは私に味方をして欲しいのですか」
 女中は一瞬、えっという顔をした。話しているうちにリタを説得する形になっていたことには気付かなかったらしい。そして、黙ってしまったところを見ると、どうやら悪くない考えだと思ったようだ。
「もし」
 リタは言った。
「味方になって欲しいなら、報酬は“言い値を払う”より大きくなければいけませんよ。魔女に情で訴えるのは無駄ですから」
 女中は何も言わなかった。リタは付け加える。
「魔女は簡単に契約破棄をしませんから、破棄させたければそれ相応の見返りをお願いしますよ」