07


「僕を助けてくれるんだって?」

 結局まじないは破られて、翌日もジェレミーは現れた。
「そんなことは言っていません。報酬によると言ったんです」
 言いながらリタは紅茶を飲んだ。女中は帰った後、仲間たちと相談したのだろう、依頼はなかったが、アフタヌーンティーの時間になると、紅茶に加えてケーキがついてきた。前より待遇がアップしている。
「でも、むりでしょうね」
「どうしてだい?」
「召使いが束になってお金をかき集めたって足りないでしょうから」
 ジェレミーは一瞬黙った。
「……リタ。一体いいくら払ってもらうつもりなんだい?」
「破産させはしませんから安心してください」
「あのね、リタ。シャーリーから聞いたようだけれど、僕はこの家の当主なんだ。安心できるわけがないだろう」
 リタは目線をあげた。
「あなたが当主なら、私の雇い主は誰ですか」
「僕の従兄だよ。父の弟の息子。父がずいぶん年を取ってから僕が生まれたからね。でも叔父はもう亡くなってしまっていて」
 ジェレミーはあっさり教えてくれた。
「そういうわけで、直系で残っているのは僕だけなんだ。君がしているのは犯罪の手助けだよ。当主に成りすまそうとしている人の手助けだ」
「………」
 なるほど、こういう所が怪しい依頼だったわけだ。リタは思案した。それでもやはり何かが引っかかるのだ。

 しかしリタが考え込んでいる一方で、ジェレミーはにこりと笑って話題を変えた。
「まあ、正式にフェイ・ファミリアの当主として、女王陛下から認可を受けていないのは事実だけど。それよりリタ、君の服だけど、色は何がいい?」
 一瞬の間があった。
「待ってください。本当に作る気なんですか」
「プレゼントだと思ってくれればいいから。僕が好きであげるんだし」
 キットがにやりと笑った。
「タダってことだな、リタ」
 リタは唇を尖らせてキットを睨んだが、すでに断る気はなかった。
「……じゃあ、黒でお願いします」
 ジェレミーは不満そうな顔をした。
「黒? もう少し華があるのにしないかい?」
「魔女の服は黒と決まっているんです」
「あのねぇ、リタ。僕は余所行きの服にと思って……」
「サー、私に余所行きを着る機会なんてないですよ」
 ジェレミーは信じられないという目でリタを見た。
「庶民でも、晴れ着を着るチャンスぐらいあるだろう。地主が主催するパーティーとか、収穫祭とか」
「魔女はそんなものには出ません」
「なぜ?」
「怖がられますから」
 ジェレミーは黙り込んだ。
「なら、両方作る」
「え」
「それで、晴れ着も着れるよう、一緒にオペラにでも行こう」
「は」
 何で次から次へとそういうことを思いつくんだ。
「あなたは監禁の身ですよ」
「でも、こうして出て来ている。どこまで遠くへ行くかだけの違いさ」
「この階から下には行かないと言っていましたけれど」
「気が変わった」
「……今すぐに職務実行しましょうか」
「リタ」
 ジェレミーは有無を言わせない口調で言った。が、すぐに思い直したようにやさしい口調に戻った。
「分かった。じゃあ、取引だ」
 リタはちょっと驚いた。ジェレミーから取引を持ち出すとは思わなかった。しかも、外に出るというそれだけの事で。
「一日、君は僕と一緒に外に行くこと。僕はその日のうちに扉の向こうへ戻る。報告書には適当なことを書いておけばいいよ。それで僕は、付き合ってくれたお礼に100ニルク払う」
 リタはしばらくジェレミーを戸惑ったように見返していた。
「お金は要りません」
「えっ」
 ジェレミーだけでなく、キットも声を上げた。
「リタ……熱でも出たか」
「キット、お黙り。……服までもらった上で、お礼を払ってもらうわけにはいきません。過度の守銭奴にはなりたくないので。私、これでもいい魔女を目指してますから」
「じゃあ、一日付き合ってくれるのかい?」
「一人で行けばいいじゃないですか。私が行く必要はないですよ」
「君と一緒に出たいといっているのに」
「……着飾って?」
「そう」
「なんでまた」
「着飾った君を連れまわして、自慢してみたいんだ」
 何の自慢だ。
「それから、口のきき方。堅苦しいのは好きじゃなくてね。敬語をやめてくれると嬉しいんだけど」
 なんだかもう決定事項のようだ。リタは溜め息をついたが、結局拒否はしなかった。
「……キットによると、私の口調は年寄りくさいそうですよ」
 一応断っておくと、ジェレミーは少し目を丸くした。それから、面白そうににっこり笑う。
「それは楽しみだ」