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 さて、例の服がリタの元に届いた。しかし、この服は別にリタが注文したわけでもなく、そしてジェレミーからの贈り物なのに、自分に届いたことを彼に知らせもせずに開けていいのかどうか自信もなくて、どうしていいか分からない。仕方がないので、女中の手によってリタの部屋に運ばれた2つの箱を抱えて、ジェレミーの所へ行こうと思った。

 例の扉の前に立ち、リタは少し迷った。うーん、監禁相手に何をやっているんだろう、自分。やっぱり自分で開けようかと思って部屋に帰ろうとした時、扉の向こうで足音がした。思わず足を止める。フルーエリンの声が聞こえた。
「ほら早く! あなたも手伝って。手を出して」
「はいはい。ええと、ここ?」
「そう。いくわよ。それっ」
 ガタガタ、と大きな音を立てて扉が揺れる。ちっ、とフルーエリンの舌打ちが聞こえた。
「あの魔女ーっ!! 前より強く呪いをかけてるわ!」
「まあまあ。優秀な魔女だから、リチャードも雇ったんだろう」
「何であなたはそう楽天的なのよ!」
「フルーは余裕が無さ過ぎるんだよ」
「だっておかしいわよ! 本人より、なんであたしが焦らななきゃいけないの?」
「じゃあ落ち着けばいいのに」
「ジェレミーっ!」
「はいはい、フルーは全部僕のためにやってますよ」
「それがこのあたしに対する態度? あんたってば本当に危機感なさ過ぎだわ。とにかく、もう一度やるわよ。手を出して」
「こうだね」
「そう。せーのっ」
 今度こそ上手くいったようだ。扉が震え、音を立ててバタンと開いた。扉の向こうから現れたジェレミーとフルーエリンは成功に一瞬顔を輝かせたが、リタがいるのを見てぎょっとした顔をした。
「うわ、魔女、なんでいるのよ」
「隣の部屋を訪ねてくるのは変だろうか」
 リタが問い返せば、フルーエリンはむくれ、べーっと舌を出した。しかし、リタの足下でキットが思わせぶりかつ楽しげにニャーと鳴くと、彼女は悲鳴を上げてジェレミーの首の後ろに飛び込んでいった。
「猫ーっ! 羽根を取り戻したあかつきには、あんたをまっさきに成敗してくれるわっ」
 髪の毛の中から声が聞こえた。

 ジェレミーはそのやりとりにひとしきり笑って、リタの持っている箱に気付いてぱっと表情を輝かせた。
「届いたんだね! リタ、早速開けよう!」
 何でジェレミーの方が喜んでいるのやら。リタはとりあえず頷いて、なんだかジェレミーがフルーを手伝っているようだったのだけはとりあえず覚えておこう、と考えた。
 リタは二つの箱を床に置き、片方の包みを解いた。こっちは魔女の服だ。上から下まで、真っ黒か濃灰色。しかしリタが今着ているのよりもずっと洒落たデザインだった。襟は大きく背中と胸に垂れていて、袖のところもめくれている。スカートも二枚重なっていた。しかも肩のところが少し膨らんでいて、ドレスのようだ。それでいて派手さはなく、目を引きすぎない素朴な感じがある。これはなかなかだ。
「うん、注文通りのできだね」
 ジェレミーは満足そうに言い、笑顔をリタに向けた。
「明日からはこれでおいでよ」
「……そんな急な」
「可愛い子が可愛い服を着るともっと可愛くなるものなんだよ。僕だって男だから、可愛い女の子を見ていたいのさ」
 リタはぽろりと服を取り落とした。いまの歯の浮くような台詞はなんだ。しかし気にしている余裕もなく、ジェレミーはすぐにもう一つの箱を取り寄せて、プレゼントを開ける子供のような顔で言った。
「こっちも開けるよ」
 中に入っていたのは薄青色のドレスだった。装飾は少なめで、胸元と腰のあたりにコサージュが少しついているだけ。可愛かった。ファッションとは別次元の人間であるリタでさえ、少し心が動かされるほどだった。
「きれい」
 思わず言うと、ジェレミーはものすごく喜んだ。
「だろう、だろう? 絶対にリタに似合うよ! 色も目と髪の色にぴったりだし。一緒に出かけるのが楽しみだなぁ!」
「でも」
「なんだい?」
「着て、外に出るの?」
 恐る恐るという感じでリタに見上げられたジェレミーは首を傾げた。
「そんなにいやだ? 恥ずかしいのかい?」
「そうじゃない。……私は魔女なのだよ」
 ジェレミーは一度ドレスを膝の上に置き、小さい子供に言い聞かせるようにリタに言った。
「魔女、魔女ってリタはそればかり言うけど、君は魔女である前に、一人の女の子なんだよ。どうして、ドレスを着るのをそんな罪みたいに言うんだい?」
 リタは口をつぐみ、途方に暮れた。魔女でない、ただの女の子になるのが怖いのだとは言えなかった。

「リタ、立って」
 ジェレミーが唐突にリタに向かって手を差し出した。リタは驚いたが、こわごわとそれに自分の手を重ねた。軽やかに、そしてそれでありながら力強く、ジェレミーはリタを引き上げる。そして手をのばすと、リタの髪留めを解いた。三つ編みが緩んでストンと髪が背中に落ちる。
「ちょっと」
 編むのに時間がかかるのに、と言おうとしたがジェレミーはお構いなしだ。ジェレミーは手早くリタの髪をまとめ始めた。
「君はいつも同じ服、同じ髪形、同じ日課でいたがるよね。今の自分を守るのに必死な感じ」
 リタは目を見開き、振り返ろうとして止められた。
「まだだよ。……あのね、魔女であることにこだわる必要はないんだよ。ほら、ごらん」
 ジェレミーが指差す鏡を、リタは目でとらえた。ジェレミーはいつも一つの三つ編みにして前に垂らしているリタの髪を、小さなお団子にまとめて残りを垂らしていた。
「どう? 気分変わった?」
 実を言えばものすごく奇妙な感覚だった。
「……世界が広かったと分かって、どこにいけばいいのか分からないような気分」
 リタはぽつんと呟いた。鏡の中でジェレミーが笑った。
「なるほどね。世界が広がった感じか。……リタって意外と詩人なんだね。初めて知ったよ」
「……詩的なわけではない。師匠の受け売り」
「そう? まあ、いいけど。……女の子って、本当に髪形一つで変わるだろう?」
 リタは頷かずにいられなかった。
「髪形一つで、こうなるんだよ。君にはこういう可能性もあるし、もっとたくさん可能性がある。閉じ込めておくのはもったいない」
 そしてジェレミーは、リタに向き直って言った。
「だから取り出しに行くんだ。魔女服を脱いで、ドレスを着て」
 ……くさい台詞。しかし、ジェレミーの言葉のおかげで、広がった世界が美しいもののように思えてきた。
 リタは奇妙な気持ちになり、その気持ちをごまかすように言ってみた。
「いつもそうやって、女の子を口説いているのだね」
「え? いや、口説いてるつもりは……」
「だからタチが悪いのだよ」
 リタはお団子に触ってみた。恥ずかしくて壊したいような、もったいなくてずっとこのままにしておきたいような感じ。
「そういう言動が誤解を生むのだよ」
ジェレミーは困ったように笑って言った。
「……変だなぁ、言いたくて言ったことが口説きになるなんて。僕は誰も好きになったことがないのに、なんで口説き方を知ってるんだろうな」
「変だから」
「えーっ」
 だって本当にジェレミーは変な人だ。魔女はたくさんの人と関わるけど、浅い付き合いで止まる。それは双方の安全のためで、だから一般人にとって、魔女は魔女以外の何者でもないのだ。なのに。リタが変わり者で、無所属で、古臭い喋り方をして、無愛想で、怪しげな薬の研究に打ち込むような魔女そのものであっても、ジェレミーは構わず深く関わろうとしてくる。変だ、絶対。
 でも――ジェレミーの場合、良い意味で変なのだと思った。