夕虹を呼ぶ歌
第一話



 郷は、5人の旅人たちを丁重に迎えた。元々、旅人というのは極めて少ない。郷神の加護を受けられるのはその土地に生まれた者のみであり、よその郷神の領地に入ることは二週間しか許されない。そして、人は守られた郷の中でしか生まれ得ないから、定住する郷のない旅人は、自然と郷を失った者ということになるのだ。
 郷同士の貿易は、許された二週間を最大限に利用して行われる。だがそれも近隣の郷に限られ、それゆえ旅人というのはひどく珍しい存在だった。

 デイルは砂漠の中の、オアシスの郷の一つだ。たどり着いた五人の旅芸人は長い旅の末、とても物資に困っていて、たくさんの人々や神殿から多くの物資と介護をほどこされた。彼らは、お礼にと音楽を披露した。少なくともティシェリはそう聞いた。あまり神殿の外には出られないティシェリに代わり、リーメルがいつも、外の情報を耳に入れてくれるのだ。
 そして彼らの音楽の評判は、一晩ですっかり郷中に広まった。ティシェリは複雑だった。同じく音楽をやる者として、なんだかちょっと気に食わない。

「ものすごい人気よ」
 リーメルはそうティシェリに報告した。
「天上の音楽ですって。特に、見たこともない弦楽器を弾く男の子が天才的に上手いそうよ」
「歌唄いがいないのが、せめてもの救いね」
 ティシェリが頬を膨らませて言うと、リーメルは苦笑した。
「客をとられはしないわよ。ティーシェの歌は特別だもの。あっちはただの娯楽、ティーシェのは祝福の歌よ?」
 ティシェリは少し首をかしげた。
「そう……かしら」
「まあ、直接に聞きに行ったわけじゃないから、なんとも言えないけれど」
 ティシェリは少し考え込み、またリーメルを見上げた。
「じゃあ、一緒に聴きに行かない?」
「はい?」
 リーメルはしばし目を瞬いて、それからガクリと肩を落とした。
「……またお忍びってわけね。前回こっぴどく叱られたのに、うちの巫女様はちっとも懲りないの?」
 だって、とティシェリは大真面目に言った。
「叱られるときの嫌な気持ちとか、迷惑をかけて申し訳ない気持ちとか、そういうのなんて、外に出たときのワクワクに比べたらなんでもないもの」
 リーメルはやれやれと首を振る。ティシェリはたたみかけた。
「お願い、頼れるのはリーメルだけなのよ」
「侍女長様に叱られるのは私なんだけどなぁ……」
 リーメルはしばらくぶつぶつ言っていたが、やがて折れた。結局、神殿の者は皆、ティシェリに甘い。

 ティシェリは大喜びし、すぐに出かけるしたくをした。
 巫女は普通、人前に姿を現さないから、変装の必要はなかった。二人は二人とも侍女であるふりをして門を出て、通りを抜け、商店街を抜け、歓楽街を抜けて、商人たちのための旅館街までやってきた。

 既に人だかりができていた。ティシェリとリーメルは、少女特有の小柄さを生かして、なんとか人々の間をすり抜けて前の方につけた。

 音楽が始まった。まずはリズムをつけるために太鼓から。そして鈴が入り、笛とリラが入った。
 柔らかで優しい音だ。すぐに人々は音の世界におぼれた。ティシェリも聞き入った。確かに、客を取られても仕方のないほどに美しい調べ。
 それからティシェリは、まだ演奏に加わっていない、見たこともないような弦楽器を持った少年に気付いた。彼は仲間の音に耳を傾け、何かを感じようとしているようだった。年はティシェリより少し上くらい、白い髪はくるくるとした巻き毛、瞳はヘーゼルの色。他の四人と同じような異国の服を着ている。 しかし、彼は一人、他の四人とも郷の者とも違う雰囲気があった。ティシェリは、胸がざわめくのを感じた。不思議な少年だと思った。

 彼はその楽器をあごに挟むと、弓を弦にのせた。音がきらりと光ったように見えた。清々とした音が、水のように穏やかに流れ出る。きらきらとした光をともなって、音色が風に乗って流れていく。そして、観客をなでていく。

 ティシェリは一瞬で心を掴まれた。なんて音で弾くのだろう。甘く切なく、哀しく優しく。聞いたこともない異国の音色が、こんなにふわりと肌になじむ。
 少年は少し微笑んでいて、音に身をゆだねているのが分かった。表情は優しいながら、どこか愁いを帯びていて。



 音楽が終わってからもティシェリは余韻に浸っていた。周りの人々が満足げに帰る中、一人突っ立っていた。
「……ティーシェ? もしもし?」
 ティシェリの様子がおかしいことに気付いてリーメルが声をかけたが、ティシェリは上気した顔のまま、ぼうっとしている。リーメルは何が起こったのかを悟って愕然とした。

「……まずい」


 巫女が旅人に、恋をした。



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