夕虹を呼ぶ歌 第二話 「エヴァイル坊、どうだ?」 仲間内で一番若いルーベンに言われ、エヴァイルは顔を上げた。 「……ちょっと良くなった。少なくともカラカラにはならなかったよ。近くに川があると、やっぱり違う」 ルーベンは呆れた顔をした。 「バカ野郎。フィドルじゃない、おまえ自身だよ」 「え? ああ……」 エヴァイルはやっと呑み込んだ。 「うん、平気。……まだ」 「ここら辺で神殿に乗り込んだらどうだ? いいかげん長くないぞ、お前」 エヴァイルは少し黙った。 「……嫌だ。それじゃ僕もあいつと同じになってしまう」 「さいですか」 ルーベンは肩をすくめた。 「でもそうすると、お前どうするつもりだ? 俺たちにどうしろっていうつもりだ?」 エヴァイルは目を逸らし、弓の毛をチェックするふりをして無視した。 「二度と音楽やれないんだぞ」 「…………」 「居場所のないまま終わるんだぞ」 「…………」 「俺たちはこれから、お前なしでやっていかなきゃいけなくなる」 「……この郷で伴侶を見つけて、郷神に祝福を願い出ればいい。歓楽と芸能の郷だって聞いたし、きっと良い女の人がごまんといるよ」 はあ、とルーベンはため息をついた。 「で、そしたらお前はどうするんだ?」 「…………」 ルーベンは真剣な顔になった。 「あのな、エヴァイル。何のために俺たちがお前といると思う」 エヴァイルはばつが悪そうに視線をはずす。 「お前は与えてばかりきただろう。たまに奪う事をしたって罰は当たらないさ。それでもどこかの神殿に乗り込む気がないなら、もう片方でどうにか頑張れよ。今のお前は、どこからどう見たって、人間離れしすぎだ」 エヴァイルは何も言わず、弦を指ではじいた。びーんという音がした。 「まずはせめて、こんな薄暗い部屋にこもってないで、少し外に出たらどうだ? 綺麗な郷だぞ」 「……ルーベンは楽しんでるみたいだね。歓楽街にでも入り浸ってるの?」 「おいおい、それじゃ俺が女たらしみたいじゃないか」 ルーベンは苦笑いし、言葉を濁して、部屋を出て行った。 一人残ったエヴァイルは、しばらくのろのろとフィドルの手入れを続けていた。だが、ルーベンの言葉が深々と胸に刺さっていた。 「もう片方の方法、か……」 駒の位置を直したので再び調弦しながら、エヴァイルは考えた。 (とは言っても、僕の感情の問題じゃ、コントロールのしようがないんだけどな) だが、初めから事を放棄していたのでは何もできはしないことも事実。たまにはおとなしく忠告を聞こう、とエヴァイルは外に出てみる決心をした。 デイルは大きな郷で、人も多い。砂漠の中の数少ない歓楽の地だけはあった。近くに川が流れているおかげで、砂漠にしては珍しく、湿度も多少は安定していて、数々の花の産地でもある。その花々と、歓楽街の女たちの美しさをかけて、デイルは“花の郷”と呼ばれていた。 エヴァイルは人が多いのは、正直苦手だった。ただでさえ、この栄えた街でがっぽり稼ごうとする商人が所狭しと店を構えている場所で、人通りは並ではなかった。エヴァイルはとりあえず、郷の中心部に向かった。道が徐々に広くなり、少し歩きやすくなってくる。やがて店の屋根の向こうに神殿の建物が見えたとき、エヴァイルは足を止めた。 白い城壁。そこから覗く塔。金の装飾がされた屋根、まっすぐな柱。それは故郷のものとほとんど違わなくて。しばらくそこに立って、ヘーゼル色の瞳に苦しそうなものを浮かばせ、じっと神殿を見つめていた。そして、視線をはずし、帽子を深く被りなおして、きびすを返そうとした。 そのとき、誰かにぶつかった。 「きゃっ」 「あ、すみません」 17、8ぐらいの赤っぽい髪をした少女だった。彼女はエヴァイルの顔を見るとはっとし、目を見開き、叫んだ。 「あーっ!! ティーシェ、いたっ! ここにいるわ!!」 突然叫ばれたエヴァイルが仰天して、目を点にしたことはいうまでもない。少女はエヴァイルの腕をがっしりと掴んでいた。 「あの……」 「ティーシェ、こっちだってば」 呼びかけても届かず、少女はさらに叫んだ。それに対して、待って、とやはり少女の声で返事があった。人込みをかき分けて、やってきたのは、紺青色の髪をした14、5ぐらいの少女。エヴァイルを見つけたとたんにぱっと頬を染める。 「リーメルったら、泥棒を捕まえたわけじゃないんだから、そんなにしっかり捕まえなくても」 リーメルと呼ばれた少女は、あ、と一言呟いてエヴァイルをはなした。エヴァイルは少しほっとし、二人を見つめた。 「あの……何か?」 「あなたは、毎晩この近くで異国の楽器を弾いていた旅芸人でしょう?」 紺青の髪の娘の方が、息を弾ませて言った。 「あの、あのですね……ファンです!」 前へ 戻る 次へ |
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