夕虹を呼ぶ歌
第四話



 エヴァイルが女の子と約束をした。旅芸人の一座がもう躍り上がって喜んだのは無理もない話だった。当のエヴァイルは逆にそれで不機嫌だった。女の子の口説き方を、仲間全員に説教されたのだ。
「ティシェリとはそんなんじゃない。まだ一回会ったばかりなのに」
 抗議しても無駄で、ルーベンが付き添うと言っても仲間たちの勢いはおさまらなかった。むっとしたエヴァイルが、部屋の中でフィドルを使い、身もよじれそうな不協和音を出したため、それでようやく皆はおとなしくなった。

「お前、ただでさえお前の音には力が宿るんだからやめろよ」
 ルーベンが耳をさすりながら言うと、まだぶすっとしているエヴァイルが言った。
「からかうほうがいけない。何でみんな先走りたがるんだ」
「まあまあ……」
「ああ、そうだ、ルーベン。もし途中で僕とティシェリだけ残してリーメルと消えたりしたら許さないからね」
「リーメル?」
 ルーベンは虚をつかれた顔をした。
「何で急にリーメルなんだ?」
「この間、ずっと見てた。鼻の下を伸ばして」
「おいおい」
 ルーベンはすねたような、気まずそうな顔になった。
「確かに美人だとは思ったさ。でも……エヴァイル、お前自分の事はてんで疎いくせに」
 エヴァイルはつんとそっぽを向いた。
「そんなにつんけんするなよ。みんな喜んでるのさ。お前が一歩前進したから」
 ルーベンが慰めると、エヴァイルがぽつりと言った。
「ルーベンたちはいつも、僕が誰かを好きになれば大丈夫って言っているけど、どうして? 僕はそれが学んだことになる理由が分からない」
 ルーベンは肩をすくめ、逆に聞いた。
「じゃあお前、誰かを、自分を顧みないほど大事だとか、振り向いてくれなくても何されでもやっぱり好きだとか、そう思ったことあるのか?」
 エヴァイルは黙った。
「そういうことだ、エヴァイル。一番手っ取り早く証明できるのが、それなんだよ」
 エヴァイルは少し時間をかけて納得し、ぽつんと言った。
「だから、僕にティシェリを好きになって欲しいの?」
「まあな。だってお前が少しでも女の子に興味を持ったのは初めてだろう?」
 エヴァイルは少し迷ってから頷いた。どことなく、目を惹くものがある少女だった。ちっともじっとしていない様子で、小鳥のように絶えずくるくる動いている。エヴァイルはその様子を目に浮かべ、少し微笑むと、待ち合わせ場所へ行くための準備を始めた。





 案の定ティシェリは叱られた。とは言っても毎度のことなので、侍女長も大したことは言わず、ティシェリもちっとも堪えていなくてケロリとしていたのだが。
 ティシェリはせっせと変装用の服を取り出して、出かける準備を始めていた。ところが、いつもは渋々ながらでもついて来てくれるリーメルが、頑として嫌がった。

「あの男の子に会うのは、もうダメ!」
 そう言われて、ティシェリはひどく傷付いた。
「どうして? エヴァイルは悪い人じゃないわ」
「ええ、そうね。とっても良い人よ。だからダメだって言っているのよ」
「意味が分からないわ。どうしてエヴァイルにこだわるの?」
「じゃあ逆に聞くわ。どうしてそんなにエヴァイルに会いたいのよ?」
 これにはティシェリも返事に詰まった。

 沈黙が二人の間を流れる。神殿の白い壁は、落ち始めた太陽をまぶしく照り返していた。

 リーメルは息を詰め、声を押し殺して、悲痛な表情で訴えた。
「巫女には許されないことよ、ティーシェ」
「まだ巫女じゃないわ……」
「いずれなる身よ」
「だって、どうすればいいの?」
 ティシェリは困りきった声で言い、泣きそうになった。
「会いたいんだもの。許されなくても、私が巫女で彼が旅人でも、会いたいの。会って彼のことをもっとよく知りたいし、もっと彼の音楽を聴きたいし、もっともっと話がしたいのよ」
「あなたはデイル様の妻になる人なのよ」
「でも、私はあの方が好きでも嫌いでもないわ」
「ティーシェ!」
 巫女としてあるまじき発言に、リーメルは悲鳴のような怒鳴り声を上げた。ティシェリは口をつぐむ。かんだ唇が震えた。

 分かってる。許されないことも、決して叶いはしないことも。
 それでも、それでも。

「お願い。叶えようだなんて思ってないわ。分かっていて、少し楽しんで、忘れれば良いわ。そうじゃない?」
 リーメルは思案した。押せそうだと思って、ティシェリはさらに言う。
「エヴァイルの方にはその気がないんだもの。引き返せなくなるまで深入りしたりしないわ。彼らは郷のない旅芸人、私は郷を預かる巫女。どうしたってくっつきようがないもの。ね?」
 リーメルはため息をついた。
「……分かったわ。彼が里を出る時になっても、後悔しないわね? 絶対諦められるのね?」
 ティシェリは頷き、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべた。



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