The daughter of viscount and prince
子爵の娘と王子

 

「騎士ぃ!?」
 素っ頓狂な声を上げた父のまえで、セイリアは少年の服を着たままで立っていた。 この期に至って林檎なんかを平然とかじっている。
「な、な、な、なんでまた!」
「仕方ないわよ。陛下の仰せなんだもの」
「だから、一体どういう成り行きで! それよりお前はいつから騎士になったんだ!?」
 子爵と言う五爵の身分の貴族に似合わず、気の弱い父は大いに慌てている。
「興味半分で、名前を偽って騎士隊に入隊してみたんだけどさ。なんだかあれよあれよと言う間に昇進しちゃって気がついたら御前で討ちあい大会。おまけに決勝戦までいっちゃったんだもの。下手にリタイアしたらそれこそ変だと思われるし、程々にしてわざと負けて見物人に混じろうと思ったんだけど……」
「……いつもの負けず嫌い根性が働いて、気がついたら本気で戦ってた、と?」
「さすがお父様。読みが鋭いわ」
 セイリアはにこりと笑った。
「正気か!!」
「あら、私は十分正気よ、お父様。だいたい、私だってことに気付いても、陛下は前言撤回しなかったもの。ほら、前にうちにいらした時に私と陛下がばったりあったじゃない?それで私のこと覚えてたみたいなのよね。なにやら『王たるもの、二言は許されぬ』とかおっしゃって。結局はシェーン王子の御付護衛騎士になるみたい」
「……どこをどう育ててこんな肝っ玉娘になったのやら」
「運が悪かったと諦めるのよ、お父様。それに私、嫌じゃないわよ?だって陛下が私の腕を認めてくださった、ってことだもの! それに、これがきっかけで王太子妃、なんてね」
 セイリアはきゃっと嬉しそうに言って飛び跳ねた。
「王子様ってどんな方かしら!」
 セイリアは男前でハンサムであろう王子を想像してぽっと頬を赤らめた。その様子に多少引きながらも、子爵は「誰がこんなじゃじゃ馬……」とポツリとつぶやいた。



 が、実際に対面して、セイリアはぽかんとなった。
 こちらです、と案内されて通された部屋に、無関心な顔をした人物が一人立っていた。美しい銀色の髪に、鮮やかな青緑色の目、愛くるしい顔立ち。歳はセイリアと同じくらいか一つ上ぐらいと聞いていたが、かわいらしい顔立ちのせいで幼いように見えた。しかもそれは、どう見ても少女の愛らしさ。
「……陛下に娘なんていたかしら」
 思わず首をかしげると、相手はぷいっとそっぽを向いて不機嫌そうな顔をする。
「いないよ」
「じゃ、じゃあ、あなたは?」
「シェーン。この国の王位継承者」
 王位継承者。
「あなたが王子?」
「そうだけど」
「……本当に男?」
「無礼だな。当然男だ。あんたが僕の新しい護衛?」
「え……えぇ……」
 いかにも力の弱そうな、小柄な(とは言ってもセイリアよりはほんの少しだけ背が高い)少年である。凛々しくて、すらりと背の高くてかっこいい王子を想像していたセイリアは、夢ががらんと崩れ落ちた音を聞いたような気がした。
 ……まあ、そんな王子なら女の護衛などいらないだろうが。
(かわいいけどっ確かにかわいいけどっ……王子様のイメージが……)
 セイリアがショックを受けている隣で、王子は王子でため息をつく。よくいるのだ、勝手に想像して期待している人が。
「子爵家の娘さんだね? 父上から話は聞いてる」
「はあ……」
「……そんな無気力状態じゃ護衛なんか勤まらないよ?」
「はい……」
 王子は大仰にため息をついた。
「嫌なら家に帰って結構。僕は忙しいんだから」
 挑発的な言葉に、セイリアはむっとした。
「いいえ。お勤めは果たさせていただきます! 人を勝手に腑抜けにしないでよ」
「そう?じゃ黙ってついて来てよ。おしゃべりな人だね」
 むらむらと、セイリアの中に何かが沸き起こってきた。 ―― この生意気王子!!
 王子はにっこりと笑う。馬鹿にしたような感じさえなければ、誰もが見惚れるような笑みだった。
「どうしたの? 不満? だったら辞める?」
 セイリアは必死に自分をなだめて、深呼吸をした。
「不満は今ここで大声でぶちまけてやりたい気分ですが辞めはしません。解雇するのはそちらの勝手ですけどね。どっちにしろ私は解雇されたって大して困ったりはしませんけど。それより、護衛なんかとこんなところでお喋りしてていいんですか?気安く下々の者と馴れ合っているようでは王子の気概もない、などといわれてしまいますよ」
 一気にそれだけ言うと、セイリアは勝ち誇って、どうぞ御用がおありならお行きください、と手を差し出した。王子は興味深げにセイリアを見つめ、ふーん、とわずかに言った。そして、口を開く。
「確かに僕は王子の気概はないかもしれないけど」
 セイリアはにやりとした。相手は負けを認めた。
「自分より下等の者を卑下するような誰かさんよりはよっぽどましだと思うな」
 そういってさらににんまり笑った王子に、セイリアは唖然とした。やはり、シェーン王子のほうが一枚上手であった。やっぱりむかつくやつ!と思いつつ、楽しそうに笑いながらそのままドアへと向かった王子を追いかけて、(護衛なのでついて行くしかないのである)セイリアはこれからのこの仕事に思わず不安を抱いたのであった。


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2004.08.01