A Tomboy 
おてんば娘

 

「どうでした?」
 息を弾ませて尋ねてくる侍女を軽く睨んで、セイリアはソファにどっかりと腰を下ろした。
「どうもこうもないわよ」
「……不機嫌ですねぇ……・」
「だって。王子様、って言ったらメアリーはどんなイメージがある?」
「どんなって……かっこよくて、凛々しい感じですかねぇ」
 メアリーとセイリアは主従関係とはいえ気の置けない仲だから、質問にも正直に答えられるのだ。
「ところがどっこい、だったのよ」
 それだけ言うと、貴族の令嬢であるはずの彼女は、騎士の格好のままでソファに寝転がった。
「お嬢様……ですからそういう格好はおやめなさいと」
「あたし……やっぱこの仕事に自信がなくなっちゃったかも……」
「何ですか、いきなり。それに話をそらさないでください」
「家の中なんだからいいじゃない。お客が来てるわけでもないし」
「普段からちゃんといたしませんと、外に出てもその田舎娘っぷりがでてしまいますよ。それに、今夜は夕餉に大尉がいらっしゃるんです。いつもみたいなだらしない格好で外には出しませんよ」
「……時々あなたって、主に対してすごい発言するわね」
「お嬢様がそんなんですから、これでもまだ足りないくらいです」
 侍女はそういいながらも、お茶を注いで差し出した。疲れている主への心配りに見えるが、実はこうされればセイリアはソファから起き上がらざるを得ない。それを計算した上で、メアリーは着替えの服より先にお茶を運んできたのだ。狙い通りセイリアは仕方なく起き上がって茶を受け取った。
「でも、王子様って、亡き王太后さまにそっくりだという噂がもっぱらじゃないですか。太后さまは大変な美人だったという話ですし」
「……まあ、不細工ではないけどね。かっこいいとはいえない」
「そうなんですか?ちょっとがっかりです……」
「いかにも弱そうだったわよ。時々ボーっとして柱にぶつかりそうになるもの。そのくせして口だけはやけに達者なのよね。すっごく生意気」
「あらあら。朝はあんなに張り切ってお出かけになりましたのに」
 セイリアはため息をついた。
「王太子妃発言を真に受けないでね。前言撤回」
「はいはい。さっさと服をお着替えになってくださいな。もうじき夕餉です。騎士業のことを知っているのは、子爵家の人たちと陛下と王子様だけなんですから、そんな格好でうろつかれていては困ります」
 そう、女が王子の護衛になったなんて知れたら一大騒動間違い無しなので、とりあえず秘密ということになっている。御前での討ち合い大会で場にいた人たちも、ただの、王と面識あるどこかの少年だと思っているのだ。そういうわけで、セイリアは長い茶髪を少年らしくなるように束ねている。
 ただし、当の王子だけには秘密にするわけにいかず、事実を知るのは、この一部の人のみなのだ。
「ばれたらいろいろと大変ですよぅ」
 メアリーに脅すように言われても、セイリアは緊張感がない。
「だからあちこちほいほい行くんじゃない、って言いたいんでしょ。嫌よ。籠に閉じ込められるのが、私は一番嫌いなんだから。それに、王様の承認があるのよ。ばれたって何とかしてくださるわ」
「嫌ですね、お嬢様。そういうことを言っているんじゃないんです。こんなおてんばなお嬢様で、おまけに男に化けて王子様の護衛までするような人を、誰がお嫁さんにもらってくれるのか、ってことですよ」
 ドレスのチャックを閉めながら、メアリーが言った。
「まあ……物好きな人が中にはいたりするんじゃない?」
「お嬢様、そんな物好きな方は、あなたのご身分に合う方の中にはいらっしゃらないと思います。あなたは五爵という大変高位の貴族の娘なんですよ?」
「知ってますー。がっ……ちょっと、きついわよ」
「でしたらもう少し食べる量を減らしてください。女性は体型がよくなくては殿方にもてません」
 言って、メアリーはコルセットをさらに閉めた。セイリアがうっとうめく。
「私が太ってるとでも言いたいわけ? 食べた分はちゃんと運動して消化してるのよ」
 無造作に一つに束ねた髪を解き放って、櫛を入れてから今度は頭の両側にかわいらしくリボンをつけた。派手すぎず、質素すぎない、清楚な印象のイブニング・ドレス。もともと、母親に似て清楚な顔立ちをしたセイリアは、こうして装いを改めると、同性のメアリーでさえため息をつくほどの姫君になる。いつもこうしていればいいのに、とは思うのだが、本人は「めんどくさい」だの「きつい」だの「動きにくい」だので逃げてばかりなのだ。こうやってセイリアを着飾らせて姫君に仕上げるのが、ある意味メアリーの一つの楽しみにもなっている。
「これでよろしいでしょう。どたどたと走りこんで『腹減った〜』なんて、お客様の前で叫ばないでくださいましね?」
 これは、まだセイリアが小さいころにしでかした失敗である。セイリアは頬を染めてメアリーを睨んだ。
「いつまで根に持ってるのよ」
「そりゃあ、根にも持ちます。本当に顔から火が出るかと思ったんですから」
「はいはい。もういくわよ。ああ、腹減った〜」
「お嬢様ってば!!」
 メアリーの悩みは、尽きることがないのであった。

 廊下を歩きながら、セイリアはふと思う。今日のお客様は大尉だと、メアリーは言ってなかっただろうか。途端にどぱっと冷や汗が浮いた。御前の討ち合い大会で、決勝戦で戦ったあの男か。まずい、と思った。相手がこっちの顔を覚えていたら、どうしよう。
「メアリイイィィっ!!」
 叫んで自室に駆け戻ると、その声に驚いたメアリーはド肝を抜いたように、抱えていた洗濯物を取り落とした。
「お嬢様ったら……ですから、そんな大声は出さないようにと……」
「ねえ、今日の夕飯、出なきゃ駄目!? 大尉って、決勝で当たった相手なのよ! ばれたらどうしよう!」
 メアリーはぽかんとした後、落ちた洗濯物をかき集めながら言った。
「その化けっぷりならばれなくてすむんじゃないですか? それに、今日の夕餉は出なきゃ駄目です。大尉が、是非お嬢様と会ってみたいとおっしゃったそうですよ」
「そんなぁ……」
 がっくりと肩を落として、セイリアはとぼとぼと広間に向かった。まあ、確かにこの化けっぷりなら何とかなるかもしれないが。大尉ほどの人物なら、目端が利かないとも限らない。
 一抹の不安を抱え、セイリアは広間のドアに手をかけた。




最終改訂 2004.08.03