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「そなたは第三王子だそうだな、シェーン王子?」
皇女は、開口一言こういった。これにはシェーンのみならず、公爵もぴくりと反応して壇上の女を見上げた。
「いかにも。父王は、非公式で、との貴国からのお達し故、御自ら来るよりは太子の私をとの思し召しであった。不服あらば申していただきたい」
シェーンは鋭く言った。セイリアはこんな風に話すシェーンを初めて見た。可愛い顔に似合わず、意外と肝がすわっているらしい。
一方の皇女はふっと笑みをこぼした。せいぜい18ぐらいの若くて美しい容姿にしては、どこか落ち着いていて冷たい笑み。
「その様な意にとられるとは存外なこと。そうとは申しておらぬ。ただ確かめたに過ぎぬ」
それにしてはずいぶん言葉に刺が有ったわよ、とセイリアは心の中で突っ込んだ。
「それと」
皇女は思い出したように付け加える。
「我が国の公爵の娘が、貴国の王家に嫁いだことは知っておろうな?」
「母上だ」
シェーンはぶっきらぼうに言う。母上、と言うのはシェーンの今尚王宮の奥に隠された本当の母ではなく、もうお亡くなりになった正妃のことだろう。いかにもお偉いさん風情な皇女に対する態度としては、ちょっと失礼な言い方だ。
「その公爵の領土の国境付近で、一人の娘が失踪した。情報によると、国境を越え、貴国に渡った様子。この事について、説明をもらえぬか」
一斉に、オーカスト代表団に緊張が走る。何か裏事情があるようだ。
「知らないな。何故たった一人の娘の失踪を私に聞く?」
シェーンはしれっと言った。それに対して皇女が薄ら笑いを浮かべる。しばし、睨み合いとなった。
先に目をそらしたのは皇女のほうだった。
「長旅で疲れておろう。この件は後日改めて」
冷たい笑みを崩さないまま、皇女はパッと立ち上がって、玉座の後ろのカーテンに消えた。
「ちょっと生意気過ぎたんじゃない?」
セイリアが思わずぽろりともらした。
「こっちからお邪魔してるのに」
「口出しは無用だ。こっちにはこっちの都合が有る」
シェーンが突き放すように言う。むっとしたセイリアの横顔をちらっと見て、公爵はイライラしたように溜め息をついた。
宮殿は広い。オーカストの王宮がどこもかしこも外敵を防ぐ構造になっているのに対し、ここは仕切りが取り払われた開放的なつくりをしていた。
「いったん中に入られたらおしまいね、ここ」
軍事の知識だけはシェーンに優るセイリアが、物知り顔で呟いた。
「見た感じ、外壁の守りは厚いようだけど。難攻不落というわけではないわ」
「そうなの?」
シェーンは興味無さそうに、ちらりと外壁に目をやった。
「うん。入り込まれたとしても追い払える程の、軍を持ってるんでしょ。相当自信があるんでしょうね」
「だろうな。国が大きい分、細部までの統治は難しい。ましてやここは最近大きく発展したばかり、いつ内乱が起きてもおかしくない国状だから、それなりの兵はあるんだろう」
「そうなの? 私はてっきり、昔からこんなに大きな国なんだと思ってた」
シェーンは少し得意げな顔になった。
「で、あんた、今日はどうするつもり?」
「もちろん、公爵と作戦会議。あの皇女は切れるな……」
「そう? ただの、自分は偉いんだオーラ発してる人、にしか見えなかったけど」
「人を見る目がないな」
シェーンはそっけなく言った。
「それに、今のは僕が言ったよりも倍は無礼だ」
言ってから、ちらりとセイリアの方を見る。
「まあ、もっと無礼なのも見慣れてるけどね」
セイリアは素早くシェーンを睨む。
「何よ、それ、私のこと?」
「身に覚えがあるならそうなんじゃない?」
さらりと言われて、セイリアは憤慨して言い返そうと口を開いた。
「やあ、アース!」
向かいから大尉がやってくる。相変わらずの人懐こい笑みを満面に浮かべていた。
「ハウエル大尉!」
セイリアはすっかり嬉しくなって彼に駆け寄る。
「君らしくないね、アース。護衛たる者、主を一人置き捨ててはいけないよ」
大尉は咎めたが、言っている本人は相変わらず笑顔だ。
「今日は暇なんだろう? 会議の護衛なら四、五人で足りるはずだ。一緒に王都見物にいかないか?」
「それって主を一人置き捨てることにはならないの?」
セイリアはニヤリと笑って聞き返す。大尉は声を立てて笑った。
「そうだね。せめてシェーン王子を公爵のところまで送って差し上げなさい。私はここで待っているから」
「もう日が暮れるぞ。これから出掛けるのか」
追いついたシェーンが大尉に聞く。
「少しだけですよ。夕飯までには必ず戻ります」
大尉は言って、シェーンに礼をとった。
「わかった。気を付けていきなさい」
促されて、セイリアはシェーンを公爵の元に連れていった。
しばらくして戻ってきたセイリアは、シェーンの代わりにセレスを連れていた。
「退屈していたようだったので、私の方から誘ったんです」
セイリアは肩をすくめて言った。
「あの、御一緒してよろしいですか」
大尉は快く笑う。
「歓迎ですよ、セレスティア嬢。我々二人で護衛は十分務まるでしょう。さあ、いこう」
宮門を出るのに少し手間取ったが、三人は皇宮大通りに出ることに成功した。改めて見ても、やはり今まで見たどの都市よりも大きい。人でごった返す街を、夕暮れが包み込んでいる。セイリアが振り返って見上げた宮殿は、その夕陽を受けて、黄金に輝いていた。
ここは異国だ。改めてそう思った。
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