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「他言無用だぞ」
王子にそういわれたからには従わずにはいられまい。それでもセイリアは、犯罪現場が見つかった犯罪者の気分だった。性別を偽って騎士になった時点で、実際に犯罪ではあるが。
「わかりました」
彼は何ともあっさりと答えた。無表情で淡々と。なんて聞き分けがいいんだ。これこそ従者の鏡だろう。すると、彼はちらりとセイリアのほうを見てシェーンに聞いた。
「一つお尋ねしても?」
「何だ」
「なぜ彼女が女と分かっていて雇ったのですか」
シェーンは言いにくそうにセイリアを見た。
「……腕は確かだから」
「なんでほめ言葉を言うのにそんなにためらってるのよ」
「褒め言葉なんて、王子がそうそう言うものじゃないんだよ」
「ケチっ」
彼は二人の様子に唖然とした。セイリアはふと気付いて、青年のほうを向く。
「そう言えばあんた、名前まだだったわね」
彼は少し間を置いてから、ぽつりと「レナード・オーディエン」と言った。
「オーディエン?」
セイリアが聞き返す。
「公爵家の子? 息子がいるなんて聞いたことないわ。セレスだってお兄さんがいるとは言ってなかったし」
レナードと名乗った彼は、無感情に言った。
「養子ですから」
確かに、似てない。セレスのような超絶美人ではないし、(そりゃそうだ)くすんだ黄土色の髪といい、赤い目といい、兄妹らしいところはない。
「しかし、見ない顔だな」
シェーンが言った。
「騎士隊に入ったのは最近?」
「はい」
なるほど、とセイリアは思った。どうりで騎士隊では見掛けたことがないし、先の討ち合い大会でも見なかった。そして、うーんと唸って頬杖をつく。
「それにしても、また居候が一人増えちゃったわ。ローダさんに何て言えばいいのかしら……」
「出させてしまった分のお金は後で届けさせるから、そこの心配は無用だけど」
問題は部屋。王子と一緒に寝るわけにはいかないし、セイリアもマチルダ、ニコルやローダも女だ。旦那さんは承諾してくれるだろうか。
「掛けるものさえくだされば、床で結構ですよ」
レナードは淡々と言った。
「でも、それじゃ……」
「慣れてますから」
そう、とセイリアは甘んじることにした。なんだか無愛想な青年だ。
「そうだ、まだ聞いてなかったわ。あたし達を追いかけたのはなぜ? どうやってここを見つけたの?」
レナードは少し間を置いた。話す時に間を取るのは癖らしい。
「貴女を追いかけたのは、殿下についているのが一人だけだということが不安だったからです。馬の足跡をつけてきたのですが、川を越えたら見失って、隣村で一軒一軒あたっていました。それでも見つからないので、今日はこの村に来たのです」
「あ……それはご苦労さま……」
なんて一途に、職務に忠実なんだ。あたしだったら、とっくに諦めてる。
聞いたことにはしっかり詳しく答えてくれる。それを思うと、レナードは無表情のわりには饒舌だった。付き合いにくいわけではなさそうだと思って、セイリアは安心した。
「あ、そうだ。レナード、他のみんなは? あのあとどうなったの?」
セイリアが急き込むと、レナードは少しだけ笑った。
「みんな無事ですよ。賊の四分の一は、ハウエル・オストール大尉が一人で追い払ってしまいました」
「わーお。さずが大尉!」
セイリアが驚嘆の声をあげると、レナードは首を傾げた。
「あなたは、変わった人だ」
「はあ、よく言われます」
「いえ、良い意味でですよ」
セイリアも首を傾げた。
「はあ、どうも」
無表情で言われると、本気にしていいのかどうか分からない。シェーンが二人の様子を見て、笑いをごまかすかのように咳払いをした。
その時、玄関の扉が開く音がした。
「セイリアちゃん、いる? 家の前に知らない馬が停まってるんだけど、あなたのじゃないわよね?」
ローダさんの声だ。セイリアとシェーンは顔を見合わせた。
「あたしが事情を説明してくるわ」
言って立上がり、部屋のドアを開けたところで、セイリアはレナードを振り返った。
「あんたの馬って、確かあたしが拉致したような気がするんだけど」
ああ、とレナードは無感情に呟いた。
「あなたの真似をさせていただいた。俺も拉致したんです」
セイリアはぽかんとして、一拍おいて爆笑した。
その日の午後には、シェーンはかなり良くなった。ローダさん自家製の薬草粥が効いたらしい。起き上がって部屋を出るようになると、シェーンはすぐにマチルダとニコルに取り囲まれた。
子供と戯れるシェーンの図なんて、あまりに珍品過ぎてセイリアは開いた口がふさがらなかった。ついでにいつもの捻くれた調子が戻ってきたので、セイリアはようやく安心して、やけに素直だったのはやっぱり毒の後遺症だったんだな、と思った。
「ここはロセンダという村だよ」
ようやく村の名前を聞くと、そう答えが返ってきた。
「王都なら西南西の方角だよ。ちょうど今の時期の太陽が沈むほう」
「じゃあ、随分と北にきてしまったな」
シェーンは口に手を当てて言った。シェーンが考えごとをするときの、お決まりのポーズだ。こうするとずっと男らしくて凛々しくなるので、セイリアはシェーンのこのポーズが好きだった。
「大尉のことだから、僕たちがいなくなってるのに気付いたら、どこかで迷ったんだって分かるな。たぶん、何人か捜索の者を放って、僕たちが自力で戻った時のために残りの者を連れて予定通りに進んでいるはずだ」
「じゃあ……」
うん、とシェーンは頷いた。
「今ごろはマルタナにいるはずだ。二日、休まずにぶっ続けで馬を飛ばせば、王都のすぐ手前で追いつけるよ」
「ダメですよ、お坊ちゃん」
ローダさんが咎める。
「病み上がりなんですから、すこし休まなきゃ」
「いえ、別に病気だったわけじゃ……」
シェーンの抗議空しく、あともう一日だけお世話になることになった。
レナードはあまりみんなの集まる席に出ようとはせず、もっぱら馬の世話をしたりあたりをぶらぶらして過ごしていた。
「人嫌いなのかなあ」
セイリアは遠目にレナードを眺めて言った。
「いや、でもその割には私たちとはよく喋ってたし」
シェーンは隣でこの呟きを聞いていたが、敢えて返事はしなかった。君にかかれば、人嫌いなんて治ってしまうのだ、と。
お別れの朝、マチルダとニコルは泣いていた。ずっと無口気味だっただんなさんもなんだか俯いていて、セイリアは貰い泣きしそうになった。
「元気でね、セイリア姉ちゃん、シェーン兄ちゃん」
「ばいばい」
「気をつけて」
「問題があったら戻ってきていいからね」
激励の言葉に、セイリアは胸を熱くする。
「うん。またね」
鼻声になったが、そんなセイリアをシェーンですら、からかおうとはしなかった。レナードは自分の馬に乗り、レナードが拉致した馬に、セイリアが飛び乗った。相変わらず、セイリアの馬にシェーンが乗り、恋人同士の乗馬の立場逆転したような形で出発した。
「シェーン兄ちゃん、だって」
ようやくお別れの感傷から抜け出すと、セイリアはからかうような調子でシェーンに言った。
「随分と懐かれたわね」
「……別に、子供は嫌いじゃないし。あの年頃の子供なら、弟で慣れてる」
他に遊び相手だっていない。7つ歳の離れた弟の孤独にシェーンは自分を重ねて、暇があれば遊び相手をしてやっていた。
「あ、そっか。あんたは正真正銘のお兄ちゃんなんだよね」
「その実感なさげな言い方はなんだい?」
「実感ないもん。どっちかって言うとわがままな末っ子」
「わがままは余計だ」
「自覚ないのー?」
「少なくとも君の破天荒よりかはずっと程度がマシだっていう自覚ならあるよ」
ちょっと気を抜くと、すぐこの調子に戻る。レナードは初めぽかんとこの言い合いを眺めていたが、そのうち肩を震わせて笑いをこらえ始めた。それに気付いて、セイリアはシェーンに絡むのをやめた。
「何だ、笑えるんじゃない」
「あ、あなたのような人ははじめてです」
レナードはくっくっと笑いながら言った。
「会う人会う人皆がそう言うわよ」
セイリアは首を傾げてレナードを見た。
「でしょうね。貴族社会の中では天然記念物ですよ」
何だそれは。シェーンが確かに、と呟いて頷いているので、セイリアはまずシェーンのわき腹を小突いてやった。
「殿下はいいですね。こんな楽しい護衛がいて」
シェーンは否定しなかったが、本人がいる前で肯定もしたくなかったので、何も言わずに黙っていた。一方のセイリアは、楽しいって何だーっ、と今度はレナードに絡んでいる。
不意に、セイリアが言い出した。
「そうだ、レナード、レンって呼んでいい?」
レナードは「は……」といって固まった。シェーンはその様子を見て、自分の時と同じだ、と思った。シェーンて呼べばいいの?と王太子に向かって平然と言った彼女。
「あの、レンって……?」
「だって、レナードの愛称ってレンでしょ?」
「そうですけど……」
「ね、いいでしょ? もう迷子仲間なんだから」
「いやな言い方だな」
シェーンは思わずつっこみを入れた。でも、セイリアらしい言い方で微笑ましい。迷子仲間、とレナードは呟いて、目を白黒させたが、やがて少し笑っていった。
「かまいませんよ。ヴェルハント殿」
「セイリアでいいわよ。ありがと、レン」
にっこり笑って言ったセイリアにレナードが返した笑みには、無表情で無愛想な青年の面影はなかった。
やっぱりなあ、とシェーンは心の中で思う。
セイリアといると、自分も含めて、人はみな表情豊かになる。
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