The Restoration of Friendship
仲直り

 

「僕、貴方に憧れていたんですよ! ほら、僕も体が小さい方でしょう?それで馬鹿にされがちだったんです。力も強い方じゃないし……。あ、僕、御前での大会の時に貴方を見ていたんです。それで、やはり割と小柄な貴方が大尉と互角に戦っているのを見てすごいなぁって。それからずっと憧れていました! 王太子様の護衛騎士になったって聞いた時はもう自分のことみたいに嬉しくてっ……今回のクロイツェル訪問でも、賊に襲われたところを、太子を連れて見事に守り切ったのでしょう? いろんな噂を聞きましたよ。僕も貴方みたいな騎士になりたいんです! 貴方の従者になりたいって、かねがねお願いしていたんですけど、まさか本当に叶うなんて夢みたいで!」
「……ルウェリン、もう着いたんだけど?」
 やっと語るのをやめた新しい従者は、はっとした表情をすると慌てて足を止めた。
「本当に、明日からよろしくお願いします!」
 大変そうだわ、とセイリアは思った。少年はもう、興奮して上せているようだった。喜色満面にセイリアを見上げる。
「明日、何時に来ればいいでしょうか?」
「七時ぐらい……かな」
「はい! 待ってます」
 元気な子だ。多少おしゃべりが過ぎる所があるが、悪い感じはしない。どうやらこの少年の面倒を見るというのは拒めない任のようなので、これから長い付き合いになるであろう相手には愛想良くしよう、と思ってセイリアは少年に微笑みかけた。
「うん、よろしく。ねぇ、君のことは何て呼べばいい?」
「僕ですか?」
 親しげに話しかけられたのがよほど嬉しいらしく、ルウェリンはぱぁっと頬を紅潮させた。
「もう、お好きなように!」
「愛称は何ていうの?」
「あ、愛称ですか!? 愛称でお呼びになるつもりなんですか?」
「だって、四六時中一緒になる計算なわけでしょ。早く打ち解けるにはこれが一番だと思うんだよね」
 少年は成程、とすっかり感心した顔をして納得した。
「アース殿は物知りですねっ!」
 それはちょっとずれてるような。
「家族にはルーと呼ばれています」
「随分大胆に略したね……」
「はあ……でも、これが一番呼び易いとか」
 まあね、とセイリアは呟いた。
「じゃ、ルー、明日ね」
「はいっ!」
 敬礼しそうな勢い。これだけ張り切られると、さすがの楽観主義のセイリアも責任を感じて言葉に詰まった。本当に陛下ったら、シェーンといいルーといい、妙なものばっかり押しつけてくるんだから。



 やっと家に帰り着いたセイリアは、真っ先に弟に事の顛末を話した。アースはひどく冷静に受け止めた。
「やっぱりそれを選んだんだ。一番波風の立たない方法だからね」
 これを聞いて、セイリアはやっと思い当たった。
「あんたの差し金だったの!」
「いや、でも決めたのはシェーン王子……」
「でも、黒幕はあんたでしょ?」
「黒幕って……姉さん、言い方が」
「おかげで厄介ごとが一つ増えたわ!」
「でも、一つ減りもしたでしょ?」
「数は変わんないじゃない」
「程度は軽くなったかと……何、姉さん、大尉と結婚したかったの?」
 セイリアはむっとして赤くなる。
「あんたは知ってるんでしょ」
 とっさに何のことか分からず、アースはやっと、メアリーが喋ったのだなと思い当たった。
「ああ、うん、まあ……」
「プライバシーもへったくりもないわよ、全く」
「姉さんが率直すぎて分かりやすいだけじゃ……」
 セイリアは目を瞬いてアースを見つめた。
「なんだか最近、アースったら言うことがシェーンに似てきたわね。まあ、シェーンよりずっと嫌味っぽくないけど」
「姉さんに抱く感想に共通点が多いんだよ」
 アースは言って肩をすくめた。王子に対しての礼儀については、言っても無駄なので黙っておいた。
「で、姉さん、従者の子ってどんな子だった?」
「何て言うか……どうやらあたし、崇められてるみたい」
 アースはきょとんとした。この姉を崇める……。
「何て言うか……姉さんの周りって、濃い人が多いね」
「どういう意味よ」

「お嬢様」
 メアリーがパタパタと駆けてきた。
「今度は従者をお付けになったって、本当ですか?」
「付けたっていうか押しつけられたっていうか」
 メアリーはアースの方を向いた。
「王子様へお願いしにいったのって、これですか?」
 アースは頷いた。セイリアはむっとして腹を立てた。
「メアリーは知ってたんだ! あんた達、最近やたらと二人でつるんでない?」
「つるんでるわけじゃ」
 アースが慌てて弁解する。メアリーが助け船を出した。
「お嬢様のためです! さっき見てみたら、薔薇の蕾が咲いてましたよ」
 セイリアはそれを聞いてぎょっとした。
「わー……ぎりぎりセーフ」
 従者というおまけ付ではあるものの、とりあえずセイリアは求婚に返事をせずとも良くなったわけだ。
「……まあ、ルーが立派に正規に騎士隊に入る頃には、シェーンも戴冠しているだろうし」
 その頃には、セイリアの身の振り方も決まっているはずだ。例え運良く王妃になるにしろ、アースと入れ替わって別のどこかにお嫁に行くにしろ、このまま騎士を貫いて一生独身になるにしろ。
「これで、シェーンが戴冠するまでは平穏ってわけよね」
 そこでセイリアははたと気が付いた。
「……ねぇ、従者って、四六時中主人にくっついてるのかしら」
「そりゃあね」
 アースが物知り顔で答える。
「少なくとも、仕事中は傍にいるはずだよ。姉さんの仕事は見習い育成だし。……姉さん?」
 セイリアが複雑な顔をしたので、アースは首を傾げた。
「シェーンの護衛も、ルーと一緒ってこと?」
「ルー?」
「従者の子の名前よ。ルウェリンの略」
「ああ……そうだね」
 アースはやっとセイリアの言いたいことが分かった。
「二人きりの時間がなくなるから複雑?」
「何よ、知ったような口きいて」
「乙女だねぇ、姉さんも」
「まあ、言うようになったじゃないの。このあたしをからかうなんて」
 じろりと睨んでくる姉に身の危険を感じて、アースはメアリーの背後に避難した。メアリーは戸惑ったように後ろのアースを見やる。
「なんで私の後ろなんですか?」
「メアリーは姉さんの天敵だもの。あっ……」
 メアリーにまで睨まれ、アースはやっと失言に気付いた。
「天敵とは何ですか、天敵とは」
 使命に燃えた時にはセイリアにも勝るメアリーである。アースは青くなり、大事な本や小物を引っ掴んで、その部屋から逃げ出した。



 シェーンが来たのはアースが逃亡してすぐのことだった。いつもより口数が少ないシェーンと、どうシェーンに接したらいいのか分からないセイリアと。気まずい空気が流れて、控えていたメアリーはおろおろした。
 先にシェーンが爆弾を落とした。
「薔薇は咲いたの?」
 セイリアは顔を上げた。そういえば、シェーンは求婚の事を知っていたのだ。
「ええ、咲いたわ。なんとかぎりぎりセーフよ」
 セイリアが言うと、心なしかシェーンが肩をおろした気がした。
「そう。ならいいんだ。……たぶんセイリアは嫌だろうけど、従者をつけるのが一番、長期的安全が確保できそうだったんだ。……ごめんね」
 シェーンが自発的に謝るなんて、そうそうあることではない。また何か毒でも盛られたのかと思ってセイリアは面食らった。
「あ……うん、どうも。シェーン……大丈夫?」
 シェーンは眉をひそめてセイリアを見つめた。
「何が?」
「だって自分から謝ってきたから。何か変なもの食べた?」
 途端にシェーンは眉をつり上げた。
「こっちは多大な努力して妥協したのに、その反応? 君一人のために、太子の僕が父上にお願いして、隊長にも自らお願いしに行ったんだよ? 最高級の待遇だぞ」
 君一人のため、と言った瞬間シェーンの頬が赤くなった。怒ったふうではなく、傷付いたような口調であることにセイリアは驚いた。
「じゃ、本気で自発的に謝ったの?」
 シェーンは口をごもごも動かしていたが、自棄っぱちに認めた。
「そうだよ。努力を認めてくれない?」
 セイリアは俄かに感動を覚えた。毒を盛られたわけじゃないのね。認めた後も後味悪そうに口をごもごもと動かして赤くなっているシェーンをみて、セイリアは微笑みが浮かぶのを感じた。シェーンが素直になってる。……かわいい。
「成長したのねぇ……」
「何だよ、それ」
 セイリアが笑っているのを見て、シェーンも緊張を解いたようだった。セイリアはシェーンの傍に寄った。ぎこちない雰囲気はどこかへ流れていた。
「ね、シェーン、やっぱ大尉のことでぎくしゃくするのはよそう? シェーンとは口喧嘩してる方が落ち着くわ」
 シェーンはそれを聞いて、溜め息をついて不本意そうにそれを認めた。
「あのねシェーン、仕事がない時でも時々遊びにいっていい? 従者がいると心置きなくおしゃべりできないじゃない? シェーンも心置きなく言い合いできる時間が欲しいでしょ?」
 シェーンは目を丸くしてセイリアを見つめていたが、一瞬嬉しさで笑みが迸るのを抑えられなかったようだった。
「いいよ」
 セイリアはほっとした。問題の一つはこれで解決。あとはいかにルーとうまくやっていくかだ。……まあ、あの崇拝ぶりなら言うことを聞かせるのに難はないだろうが。

 シェーンは安心した様子で、そろそろ帰らないとと言った。スケジュールをやりくりしてセイリアと話に来たので、長居はできないらしい。背を向けようとしたシェーンは思い出したようにセイリアを振り返った。
「ああ、もうすぐ弟の誕生祝賀がある。何かあると嫌だから、君も出てほしい」
「弟って、あの?」
 セイリアに向かって、ませた生意気な口をきいた、あの。
「側妃の子でも祝賀なんてやってもらえるんだ」
 こんなことを堂々と口にできるのは間違いなくセイリア一人だろうと思いながら、シェーンは苦笑した。
「公然の秘密でも、秘密は秘密だ。表向きは兄上たちと同じ扱いをされるんだ」
「表向きは、ね」
 セイリアは言って、ふんと鼻を鳴らした。
「何かあると、ってカーティス王子が何か仕組んでるの?」
「いや、兄さんはまだタチがいい。問題はハーストン公爵……いや、伯父と言ったほうがいいかな」
「ああ……」
 シェーンを狙う最右翼とかいう、親王か。
「大丈夫よ、あたしがあんたからは目を離さないから」
「保護者ぶるなよ」
 言いながらもシェーンは笑って、子爵城をあとにした。

 その日一日、セイリアはシェーンとの関係が壊れずに済み、またシェーンが素直な面を見せてくれたこと、自分一人のために自ら動いてくれたことに有頂天になっていて、アース、さらにはメアリーでさえ恐れをなしてセイリアから遠巻きに控えたほど、機嫌が良くて浮かれていた。



発表日 2006.01.11
添削日 2006.04.03
ルウェリンの短縮形がルーだと発覚したので、(「怪しい人名辞典」さまより)愛称をルーンからルーに変更。