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そのとおりで、男が2人、向こうの曲がり角から姿を現した。セイリアはうなり、シェーンに言う。
「ねえ、あんたやっぱり、もう一人護衛を探すべきよ」
「……無茶を言うな、僕は側妃の子だ」
倒れた陰もうごめいている。死んではいないらしい。
「シェーン、逃げるよ」
シェーンの袖を引っ張ったセイリアだったが、シェーンは動かなかった。
「どうせ退路は絶たれてるよ。……ほら」
後ろからも2人。仕方なしに、セイリアは剣を抜いた。
「……一対四で大丈夫か?」
「てきとーに散らして、後は逃げるの。倒す必要まではないわ」
ものすごい自信だ。そうこうしているうちに、挟み撃ちになった。セイリアは大胆にも、彼らに話しかけた。
「ええと、あんたたちを見たことは黙っておくから、とっとと逃げてくれませんか?」
返事は斬撃ひとつ。さっと流して、セイリアは自分も狙われてる可能性があるのを思い出し、もう一言。
「ええと、じゃあ、狙いは私なのかシェーンなのか教えてくれます?」
今度は二つ。セイリアにひとつ、シェーンにひとつ。器用に短剣と長剣を使い分けて止め、シェーンもセイリアの動きを妨げないよう、上手く回り込んだ。
「……なるほど、よく分かりました。無言で返事するのが上手いですね」
セイリアが剣を跳ね上げ、攻撃に身を転じた。
五本の剣が一気に錯綜する。ひらりひらりと、セイリアの身のこなしは鮮やかだったが、何分にも多勢に無勢だ。
(4人はきつい……)
セイリアは小さく舌打ちした。いつもは、なるべく相手を傷つけないように倒すのだが、向こうもこっちを殺す気なのだから、遠慮はいるまい。隙なく一気に切り込んだ。
二人の剣を同時に弾いて、後ろでシェーンも精一杯の抵抗として、一人に足払いを食らわせていた。一瞬の間に目の前の一人に飛び蹴りを食らわし、その飛ぶ勢いで、傍にいたもう一人の腕を刺す。呻きと剣の落ちる音。
すぐに体勢を立て直し、シェーンの上に振りかぶった一人を、背後から頭を強打。
しばらく頭痛に苦しんでください。既に起き上がろうとしていた二人の足を素早く切りつけ、少しでも動けないようにしてから、セイリアはシェーンの腕を掴んで走った。
だが、少し遅れたものの、残りの二人が起き上がってすぐに追ってきた。どこをどう走ったものやら、まだ酔いの残っていたセイリアは庭園の中で道に迷ってしまった。なんともまずいことに、行き止まり。
「……あ」
「道がなくなったね」
シェーンが息を切らしていった。振り返ると、追ってきた二人が詰め寄ってくるところだ。セイリアは一歩下がり、半分すがるように聞いた。
「……シェーン、剣使えない? 一対一なら勝てるんだけど」
「剣には6年来触ってないんだよ」
シェーンがぶすっとして返す。
そのとき、軽い足音が聞こえ、ついでに悲鳴が上がった。
「ヴェルハント様!? 殿下!?」
セレスだ。ぽかんと賊とセイリア、シェーンの二人とを見比べている。賊の一人が振り向き、セレスの姿を確認する。両手に持っていた短剣を片方、セレスに向かって投げつけた。
「逃げて!」
叫んだセイリアの声に、はっとしてセレスは危なっかしく剣をよける。その場で座り込んだセレスは一瞬呆然としていたが、何を思ったのか突然肝の据わった表情になった。
「何をするのです。わたくしに剣を向けるなどとは聞いていませんわよ。わたくしに構わず、早くやることをなさい」
「……は?」
セイリアは呆然として、セレスを見つめた。賊の一人は首を傾げ、初めて声を出した。
「どういう意味ですかな?」
「今日、襲撃をする予定だった者でしょう? わたくしにかまけていたら、ヴェルハント殿にやられてしまいますよ。二人でかからないと、倒せる方ではありませんから」
シェーンがため息をつき、苦々しげに呟いた。
「公爵も、この襲撃に関わっていたということか?」
「そうです、と申し上げて起きましょう、殿下。殿下と呼ばれるのも、今日が最後ですよ。言い残したいことがおありでしたら、わたくしがお伝えしておきましょうか」
気味悪いほど落ち着いた声、表情でセレスは言い切った。
「……セレス……セレス、あなた……」
セイリアは声も出ず、呆然と、花妖精のような少女を見つめた。セイリアとシェーンに向かっていた賊も、我慢できずに仲間を振り返る。
「そんな話、聞いていたか?」
途端、シェーンがセイリアをつつき、押し殺した声で叫んだ。
「今だ!!」
セイリアははっと覚醒した。賊は二人とも、こちらに顔を向けていない。これはチャンスだ。すぐに剣を握りなおし、二人の背後に素早くつけると、足を切りつけた。急襲に二人ともあっと叫んでがくっと倒れる。その首元、後頭部を狙って、セイリアは手の側面を打ち込んだ。気絶のさせ方は、見習い時代にも教えてもらったことだ。賊は二人とも伸びて、その場にパタッと倒れ込んだ。
「ふう……」
無事に護衛としての役目を果たし、セイリアは一息ついた。シェーンが駆け寄ってきて、声をかける。
「気絶してるのか?」
「うん、まあ」
「そうか。オーディエン嬢? 大丈夫か?」
セイリアが振り返ると、セレスは俯いてぶるぶる震えていた。
「こ、怖かったです……」
シェーンは軽く首を横に振る。
「いや、感謝する。よく機転を利かせてくれた」
「え? あ、さっきの芝居だったの!?」
セイリアは声を上げた。シェーンが呆れたようにセイリアを見る。
「気付かなかったのか?」
「だって!」
「敵だったら、あんなところで鉢合わせるわけがないだろう」
セイリアはぶすっとして、つんと顔をそむけると、セレスの手をとって助け起こした。そして、慰めるように声をかける。
「ありがとう。かっこよかったよ」
「いえ……」
セレスはあたふたとし、俯いて頬を染めた。
「でも、何も演技しなくてもよかったのに。危ないよ」
セイリアが言うと、セレスは迷うような表情を見せた。そして、息を吸うと、意を決したように言った。
「女は、この方と決めた殿方のためなら、何でもいたしますのよ」
「……え」
セイリアは硬直した。これって、人もすなる告白というものなのでしょうか?
告白。愛の告白。絶世の美少女から、男勝りではあるけれど、そしてセレスは知らないのだけれどやはり女の自分へ?
口をパクパクさせて二の句が継げないセイリアの後ろで、複雑な顔をしていたシェーンがぽつりと言った。
「女って……すごいね」
事情を話すと、公爵は血相を変え、その場で賊を処刑してやるといって怒ったが、シェーンが「表沙汰にしたくないから」と言って抑えた。
「しかし、それではあまりに……」
「示しがつかないことは承知だ。やつらを調子付けるだけかもしれない。けど、目撃者は僕の側についているものが二人。数も少なければ、僕の側でもなく伯父の側でもない中立者もいない。賊は、殺しはしなかったから、まだ庭園に転がってるかもしれないけど、こんなに時間が経ってしまったから、逃げてしまった可能性のほうが高い。この状況で騒いでも、あいつらの雇い主に揉み消されるのがオチだ」
ここまで言われてしまうと、公爵も何も言えなくなった。苦々しげに言う。
「……でも、万が一まだ動けていないことを考えて、捜索はさせましょう」
「そうだな。そうしてもらおう」
そして、シェーンはちらりとセレスを見た。
「しかし、本当に令嬢には礼を言う。よく機転を利かせ、やつらの注意を逸らしてくれた」
セレスはそれを聞き、恭しくドレスの裾を持ち上げて礼をした。公爵はそれでだいぶ満足したらしく、おとなしくなった。
父の様子を見たセレスがはっとして、セイリアに訴えるような目線を向けたが、まさか応えてやるわけにもいけないので、セイリアはとりあえずその場から逃げた。セレスからの告白への返事は、そのままうやむやにしてしまった。
「公爵を牽制した後で褒める。飴と鞭を使い分ける、ってやつね」
セイリアがそう言うと、シェーンは皮肉るように「よく知ってるじゃないか」と言った。とりあえず、セイリアもシェーンも、セレスも何事もなかったかのように夜会に戻ることになった。一応、庭にまだ賊が残っていないかどうかを確かめてから、事を判断しようということになったのである。だが、もう楽しい気分にはなり得ず、考えたいこともたくさんあるので、セイリアとシェーンは人垣から離れたところに立っていた。
「ああ、そういえば」
セイリアは突如思い出して、ぽつんと言う。
「ヘルネイって何?」
「ヘルネイ? クロイツェルの一地方だけど、何?」
「へぇー。いや、ね、庭に出る前に話してたお兄さんがさ、シェーンがクロイツェルに行った時に、ヘルネイについて何か言ってなかったか、って聞いてきたもんだから」
シェーンは眉をひそめた。
「君にワインを勧めた人?」
「多分……よく覚えてないのよね、実は。ほら、その、ちょっとぼーっとしてて」
セイリアがもごもご言う。酔っていたのが恥ずかしいのだろう。それを聞き、シェーンははっとすると妙に真剣な目で聞いた。
「セイリア、君、庭で襲われる直前、何があったか覚えてる?」
しがみつくような言い方をされて、セイリアは気圧された。
「え? えっと……寒かったことぐらいしか……」
シェーンはがっくりと肩を落とし、額を押さえて溜め息をついた。つまりは、自分がシェーンに告白したことも覚えていないのだ。
「……セイリアはセイリアだな、やっぱり」
「え? あたし、何か変なこと言ってた!?」
「いい。酔っ払いの言うことは信用するなっていう教訓になった。」
「何よー! 悪いのはお酒よ! ほら、罪を憎んで人を憎まずってやつ!」
「その場合の“憎む”は、正しくは“悪む”の方の字を使うんだよ」
「変なとこで揚げ足とらないの!」
「なら、とられるような隙を作らないことだね」
「この生意気王子!」
「お転婆娘」
今日も言い合いは続く。
ふと、シェーンが気付いたように言った。
「セイリア。ちょっと聞きたいんだけど」
「何よ」
「君がヘルネイの事を聞かれたとき、もう酔ってた?」
セイリアは赤くなり、酔ってたことはあまり言わないでよ、と呟いてから言った。
「たぶんね。そのちょっと前から記憶が危うくなってるから」
シェーンは黙り込み、セイリアを見つめた。セイリアは余計に顔を赤くする。あまりじっと見ないで欲しい。顔に食べかすがついてないかどうか、ものすごく気になった。いつものセイリアなら気にも留めないことだ。
「……シェーン?」
「そいつの顔、本当に覚えてない?」
「え? うん、覚えてないわよ。どうしたのよ」
「そいつ、始めからそのつもりだったんだ」
セイリアは一瞬黙り、それからその意味を把握した。
「それじゃあ、あたし、始めからシェーンの情報を漏らすように、ってワインを飲まされたの?」
「だと思う」
セイリアはぞっとした。自分にも魔の手が伸びていた自覚がやっと出てきた。
「あ、あたし、危うく……」
「これからは酒類は一切ダメ。分かった?」
「うん……」
おとなしく頷いてシェーンを見上げると、彼は顎に片手を添えていた。考え込むときの、例のお決まりのポーズ。何か起こっているのだと知って、セイリアは不安になった。
(あたしに、何かできることは―― )
セイリアは突然、自分が何もできない事実に驚愕した。取り柄といったら、この運動神経だけ。護衛をして、たまに飛んでくる矢やら刀やらを弾くしか能がない。彼が本当に悩んでいる部分では、何も力が及ばない。
どうしてあたしは、こんなに政治とか陰謀とかに疎いんだろう。どうしてあたしは、シェーンとこんなに他人なんだろう。どうしてもっと傍にいられないんだろう。もっと、守ってあげたいのに。
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