The First Meeting vol.1
初対面その1

 

 アースは普通に喜び、メアリーは狂喜、父はあらゆる意味でショック状態だった。気持ちが通じ合っただけであって、将来の話とかは一切決まっていないのだからそんなに騒がないで欲しいと思ったものの、アースや父はともかくメアリーには無理な話のようで。
「何言ってるんですか! お嬢様が両想いですよ! 両想いなんですよぅー!!」
 セイリア自身、浮かれた足取りで帰ってきて、うきうきと報告をしたのだが、メアリーがこの調子なので、早々に現実に引き戻されてしまった。しかしメアリーの勢いは止まらない。
「是非とも是非とも、新年祝賀のパーティーでは腕を振るわせていただきますよっ!! この子爵家とメアリー・モーガンの意地にかけて、お嬢様を王妃様にふさわしい令嬢に!!」
 ルウェリンにも勝る気合の入れようだ。

 セイリアはそのメアリーから逃げ回り、そしてまだ片付いていない問題と向き合わなければいけなかった。セレス回復の報告をしたら、レナードは翌日の早朝に迎えに行くと言ってきたのだ。セレスにそのことを伝えに行くと、セレスは少し動揺した。
「お兄様が、ですの?」
「怖がらなくて平気よ、セレス。レンは確かに無愛想だけど、良い人よ」
「ですけれど、セイリアさん。わたくし達、ほとんど初対面ですのよ」
 セレスは緊張の面持ちで言った。
「怖いのではありませんの。むしろドキドキですわ。わたくし、ずっとお兄様とお話してみたかったのですもの。でも……やっぱり緊張して」
「んもう、そんなにヤキモキしなくて大丈夫よ。通勤ついでにあたしもちょっと見送ってあげるから。ね?」
 セレスはやっと頷いた。

 セイリアはセレスの部屋を出ると、アースを捕まえに行った。ちょっと期待をしながら行った。
「アース、あんた、どう? あたしが留守の間、ちゃんとセレスの相手をしてあげた?」
 相変わらず本だらけの書庫の中で本と戯れていたアースは、きょとんとした顔を上げた。
「相手? 何で? セレスティア嬢はもう立ち直ったじゃないか。それに、あのメアリーそっくりの侍女がついてるんだから、一人じゃないだろう?」
 あまりに不甲斐ない答えに、セイリアは双子の弟を睨みつけた。
「このおたんこなすっ」
「な、何? どうしたの?」
 あーあ、とセイリアは額を押さえた。
「あんたねぇ、ちょっとは令嬢のご機嫌取りをお勉強しなさいよ。将来お嫁さんをどうやってもらうつもり? あんたが結婚できないと、うちは途絶えちゃうのよ」
「……姉さんとシェーン王子の子供を養子にすれば?」
 アースにしてはものすごい爆弾発言だった。
「ばっ!! 何言ってんのよ! あたしがっ、がっ、その……我が子を手放すわけないでしょ!」
 なんだか論点がずれた気がした。そして、よくよく考えてみればシェーンの子供といったら王子であり、そう簡単に子爵ごときの家柄に養子に来れるわけがないのだが。アースは肩をすくめた。
「……とにかく、女の子の相手だなんて、対人恐怖症もまだ治ってないだから、無理言わないでよ」
「シェーンの相手は十分やってるじゃないの」
「シェーン王子は特別」
「女の子がダメなわけ? あんたがいつもしゃべってるあたしも、メアリーも女じゃない」
「身内と外の子はわけが違うんだよ……」
「意気地なし。努力ぐらいしなさい」
 恋をしても姉さんは姉さんで変わらないんだなぁ、とアースは呟いて縮こまった。
「……はあ……いずれ」
 語尾が小さかったが、セイリアはしっかり聞き取った。もともと訓練のおかげで五感は鍛えられているのである。一肌脱ぐべきかな、とセイリアは双子の弟を睨みながら考えたのだった。



 そして、セレスが自宅に帰る朝がきた。アースと父は玄関までセレスとスザンナを送り、セイリアは門のところでレナードを待っていた。門の前の道は左右に分かれ、一方が林の中につながっている。その林にかかっている靄の中から、レナードと馬車が一台、姿を現した。なるほど、セイリアは途中までしか一緒ではないのだし、一頭の馬に三人乗りするわけにはいかないのだから、馬車がなきゃいけなかったのか、とセイリアは思った。全然考えてなかった。レナードは結構気が回るタイプなのかもしれない。
 セイリアの前で馬を止めると、レナードは馬を下りて、マントのフードを脱いだ。
「おはよう」
 セイリアが言うと、彼も無言で頭を下げた。セイリアの数歩後ろで控えていたセレスとスザンナがそっと進み出る。セレスが軽く礼をした。
「お迎えありがとう存じますわ、お兄様」
 レナードはやっぱり無言で、ただ頷いた。セレスは少し困った顔をしてセイリアを見た。セイリアはその視線を受けて、レナードに声をかける。
「初対面でしょ。もっと言う事ないの?」
 ちょっと直球過ぎたようで、今度はレナードが途方に暮れたようだった。
「……初めまして」
 かろうじて出たのがその一言。ダメだ。
 セイリアは肩をすくめてセレスを振り返った。
「この通り無口なお兄様なんで、まあ、会ったときには根気強ーく話しかけてあげて」
「はい……」
 そして、セレスとスザンナは馬車に乗り込んだ。セイリアも馬に飛び乗って、王宮へ行く途中の分かれ道まで一緒に行くことになった。

 馬を走らせながら、セイリアはレナードに言った。
「何の感慨もないの? 義理の妹でしょ? 従妹でしょ?」
「……今まで話したことがないので」
「それにしたって、“大丈夫だった?”とか一言かければ良いのに」
「……すみません、そういうところには疎いようです」
 レナードは少し反省したように言った。
「兄妹、助け合いは大事よ。しっかり守ってあげてよね」
「努力します」
 おお、素直だ素直だ。シェーンとはえらい違いだ。

 レナードは馬をセイリアの方に寄せて囁いた。
「あなたは、王子と……何かあったそうですね」
 その“何か”を知ってはいるけれど、言葉にするのはためらわれる、という言い方だった。ぎょっとしたセイリアは、生まれてはじめて、うろたえたあまり馬から落ちるかと思った。
「誰に聞いたのよ!」
「王子が大尉に挑戦状みたいなものを叩きつけたと、大尉から聞きまして」
「……」
 しまった。大尉。そうだ、完璧に彼を振ってしまった計算になる。あわわと口をパクパクさせているセイリアを見て、レナードの表情が少し緩んだ。
「別に怒っていらっしゃいませんでしたよ、大尉」
「ほ、本当に?」
「気落ちはしていましたが」
「うぐっ……」
 本当にごめんなさい。でもやっぱりシェーンを選びます。面と向かって言う勇気がないので、心の中で言った。

 セイリアは顔を上げてレナードを見た。
「新年祝賀には来るの、レン?」
「はい。さすがに新年祝賀にも顔を見せないと、家族として扱われているかどうかも怪しくなってしまいますので」
「……あんたってずいぶん邪険にされてるわよね。私情より公共の利益を取りそうな公爵なのに、何でレンをそんなに目の敵にするのやら」
 レナードは少しの間黙っていたが、ぽつりと言った。
「ロー族の血が半分混じっていることも、大きな一因だと思います」
「なに族?」
 セイリアは思わず聞き返した。あまりに寝耳に水だった。
「ロー族です。そこらじゅうに散らばっている少数民族のひとつですよ。母は彼らが内乱を起こしたときに、略奪に遭ったので」
 セイリアはしばらく口を開いたままレナードを唖然として見つめていたが、ムッとして正面を睨んだ。
「何よ、それだけのことで? ロー族かローソクか知らないけど、大して外見も違わない、同じ人間じゃないの」
「あなたのように大雑把な人は珍しいんですよ」
 レンはちょっとだけ笑いながら言った。
「この目、奇妙な色だと思いませんでしたか? 朱色に近い茶色は、生粋のオーカスト人が持たない色なんですよ」
「……へぇ」
 セイリアの初めて知る事実だった。
「少数民族って、そんなに特殊な人たちなの?」
「知りませんよ。少なくとも、たいていのオーカスト人や、大陸の諸国の正規の国民は、彼らに対して良い感情を抱いていないようです」
「なんでだろ」
「何度も彼らのせいで内乱が起きてますから」
 セイリアは首を傾げた。そんなもの、個人の問題ではないか。自分だって、母を少数民族の過激派に殺されている。でも、殺したその個人を恨んだことはあっても、民族をまるまる恨んだことなんかない。それは変な考え方なのだろうか。
 しかし、もうすぐそこに分かれ道が近づいていたので、セイリアは話題を切り上げることにした。
「まあ、とにかく祝賀パーティーで会いましょう。あたし、その時は女の格好で行くから」
「はい」

 分かれ道に到着した。セイリアはセレスの馬車に顔を出した。
「セレス、あたしはこの辺で失礼するね」
「あ、はい」
 セレスは居住まいを正して言った。
「本当に、お世話になりましたわ」
「良いのよ。それでセレス、頼みごとがあるんだけど……」
「はい」
 セイリアはセレスの耳元で囁いた。
「あなたの女友達、何人か紹介してもらえないかしら。ちょっと弟の社交能力を鍛えてやりたいのよ」
「は……どのようにですの?」
「あいつとその子を一緒に取り残しておけば、嫌でもしゃべることになるでしょう。あの子、特に女の子がダメみたいなの。協力してくれる?」
「……ずいぶん、荒療治ですのね」
 セレスは苦笑した。
「でしたら、ちょうどよさそうなお友達が一人いますわ。でも、ちょっと変わった方なの。それでもよろしい?」
「恩に着るわ、セレス」
 セイリアは笑った。
「それと、レンとよく話してあげてね。兄妹仲良く、よ」
「はい」
 セイリアは馬車から離れた。レナードが掛け声をかけると、馬車は彼の馬について、右側の道を走って行った。

 セイリアはその後ろ姿を見届けて、手綱を左にきった。




2007.02.15