At a Lakeside
湖畔にて

 

 ひとしきり、シェーンとは騒いだ。毎度の口喧嘩もしたし、チェスで勝負も挑んだ。負けた。
 カードでけりをつけようと申し出たら受けて立たれた。負けた。
 心理戦のゲームでは勝ち目がないと分かったので、運で全てが決まるババ抜きを申し出た。やっと勝てた。でまた渋ってた。一喝した。そしたら黙った。
 というわけでシェーンの休暇二日目は勝負で終わり、セイリアは翌日のお出かけを勝ち取ったのだった。

「何でそんなに外出を嫌がるのよ」
 セイリアが問い詰めたがシェーンはそっぽを向くばかりだった。
「未来の国王なんだから、健康第一でしょ? そのためには外の空気が絶対必要だわ。それに、遠出もできないでどうやって国王が務まるのよ」
「……分かったってば。勝ったんだからいいだろう、そんな説教しなくても」
「シェーン、もしかして何か機嫌悪い?」
「悪い」
 ……おいおい。自分が何かした記憶がないので、ちょっと周りを見てみると、すぐ脇の小机の上に小さなカードが置いてあった。セイリアは首を伸ばして目を細めた。
「ラケシスは気まぐれ H.オストール」
 オストールで名前の頭文字がH……ハウエル。ハウエル大尉から? ラケシスは気まぐれ?なんだそりゃ。
 大尉つながりで、セイリアは今朝のレナードとの会話を思い出した。シェーンが大尉に挑戦状まがいのものを送りつけたとか何とか。それと関係あるのだろうか。
「シェーン、これ何?」
 聞いてみると、シェーンはむっつりしたまま答えた。
「挑戦状」
「挑戦状? あんたが大尉に送ったってレンから聞いたんだけど?」
「僕は“ヴィクトリアは僕の元に”って書いて送っただけだよ。これはその返事」
 ヴィクトリア? わけわからん。何で突然女の名前が出てくるんだ。
「なんだかよく分からないけど、あんたたち喧嘩してるの?」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「あたしのせい?」
「他の何が原因で、僕が大尉と喧嘩しなきゃいけないんだい? 僕は君に告白した。大尉は君に求婚したことがある。こう言ったら分かる?」
「あたしは……だって、シェーンに好きって言ったのよ。この期に及んでライバル意識を持ってどうすんの」
 はーあ、とシェーンは息を吐いて額を叩いた。
「心はうごくものだからだよ。大尉は君を諦めていないって事さ」
「う……」
 それはちょっと困る。
「……だからセイリア、ハウエルにはあまり近付くな」
「は、はあ……」
 どうやら不機嫌の原因はこれらしい。シェーンは結構嫉妬深いことを発見した一日だった。

 家に帰ってアースに例のカードのことを聞いてみたら、ヴィクトリアは勝利の女神だから、シェーン王子は大尉に勝利宣言をしたんだよ、と教えてくれた。そしてラケシスは運命の女神の一人、運命を割り当てる女神。彼女は気まぐれなものだから、そんな運命は変わるものだと思ってチャンスは狙わせていただくつもりです、と大尉は返事を返したわけだ。
 文学ってややこしい、と思った。思わせぶりで、秘密っぽくて。でも、確かにちょっと雅なやり取りだ。……内容は別として。食わず嫌いを直して、今度アースに教えてもらおうかな、と考えた。まあ、セイリアはもともと机の前にじっと座っているのが大の苦手なので、勉強しようと思ったら恐ろしく時間がかかるのだろうが。

 それからセイリアは翌日のことを考えた。やっぱり行き先は湖にしよう。寒いだろうけど誰もいないだろうから、二人きりになれるし好き勝手にできる。何をするかはその時決めればいい。雪遊びの方法なんて掃いて捨てるほどあるのだから。


 そしてその翌日は、所々に晴れ間の覗く、雲の多い天気になった。あまりに快晴過ぎても、雪の照り返しが眩しいから、これくらいが丁度良い天気だ。セイリアは朝早く王宮に駆けつけてシェーンを迎えに行き、二人乗りで王都から程近い湖へ向かった。
 途中で小さな酒屋に寄って、水筒にアルコールの強くない酒を入れてもらった。それをさらに湯割にしたから、これで飲んでも酔うことはないはずだ。

 湖畔にたどり着くと、セイリアは馬を近くの木につないだ。シェーンは馬から下りて、先に酒をあおって体を温めていた。セイリアも隣りに座って、湯割を飲んだ。
ほっこりと喉のあたりから、温かさが広がる。
「ああ、鹿がいる」
 シェーンが近くを指差した。
「木の皮を剥いでるよ」
「冬だもの、他に食べるものがないのよ」
 セイリアは、自分たちに気付いて飛んで逃げていくその後姿を見つめた。
「しまったわ。何も持ってこなかった。狩の絶好のチャンスだったのに」
 シェーンが呆れたようにセイリアを見つめた。
「……ここまで来て狩って。将来どうやって令嬢に戻るつもり?」
「……まあ、なるようになるわよ」
「はあ……」
 セイリアはコートを体に巻きつけた。将来のことを、セイリアはまだ気にしたくなかった。身に染み付いた少年としての習慣、気質。セイリアだって恋をしたからには、当然出てくる期待や欲だってあるけれど。けれど、やっぱりセイリアにとって大事なのは今なのだ。今のシェーンが今の自分を好いてくれている。今のセイリアも今のシェーンを好いている。それだけ。

 セイリアは手近の雪をかき集めて、丸め始めた。
「何してるの?」
 シェーンが聞いてくる。
「雪だるまを作ってるの」
「雪だるま? また庶民的な……」
「あたしは庶民派貴族ですっ」
「普通もっと大きくない?」
「じゃあ、あんたが自分で作れば?」
 言ってみたら、シェーンは少し黙った後、本当に作り始めた。ものすごく慣れていない手つきで雪玉を丸め、小枝を刺して、セイリアのミニミニ雪だるまの隣に並べた。小さいけれど小綺麗なセイリア作と、ゴツゴツでひしゃげたシェーン作。シェーンは二つを見比べた。
「だめだ」
 おもむろに言うと、シェーンは再び作り始めた。完璧主義だなぁと思いながらセイリアはそれを見ていた。しかし、今度のはかなり良い出来だった。しかもさっきの二つより大きい。シェーンがふふんと得意げな顔をしたので、セイリアはむっとした。
 もっと大きくて形が良いのを作ろうと、丸めた球を雪の上で転がす。それを見たシェーンも負けじと雪玉を転がし始めた。

 そんなこんなで、小半時が過ぎると、二人の近くでは七つもの雪だるまが背の順に横一列に並んでいた。最後などは転がしすぎて玉が大きくなりすぎ、もう片方の玉に乗せようにも持ち上げられなかったほどだ。
 そこで競争は放棄して、二人で玉をできるだけ大きくして、足元に雪を継ぎ足して穴を掘り、かまくらを作った。

 少しその中で風を避けて休んで、それからセイリアはシェーンを湖の上に引っ張り出した。
「セっ、セイリア! 転ぶから引っ張るな!」
 いつになく冷や汗たらたらで慌てふためくシェーンが可愛くて、余計に悪戯心がわいてしまう。
「じゃあ、手を放しても良いのね?」
「だめーっ!!」
「それじゃおとなしく引っ張られてなさいよ」
「やだーっ!!」
 いつもと立場がまるで逆だ。面白くてたまらなかった。ひいひいと悲鳴を上げるシェーンの背中を押してスピードを出したり、やっと一人で立っていられるようになったシェーンに雪玉をぶつけてみたり。そのうち、氷上の雪合戦になった。
「はずれ! 運動神経は本当にからっきしね!」
「セイリアがお化けなだけだ!」
「お化けはないでしょう! 屁理屈のレパートリーは多いくせに、相変わらずほめ言葉は全然知らないみたいね!」
「痛っ! 君をほめる言葉なんて持ち合わせてない、よっ!」
「うあ!」
「ほら当たった!」
「ふーんだ、矢もいっぱい射れば一本は的に当たるのものなのよ!」
「それも実力のうちだ!」

 口喧嘩しながら投げ合ったので、帰る頃にはくたくただった。再びかまくらにもぐりこみ、二人で並んで酒を飲んで体を温める。
「よかったでしょ? 外に出てきて」
 セイリアが言うとシェーンはつんと顔を背けた。
「おかげで手が冷たくて、今にももげそうだけどね」
 でもまあ、否定はしないようだ。
「郊外で女の子と湖の上で雪合戦をした王子なんて、僕が初めてなんだろうな」
 シェーンがぼそっと呟いた。
「セイリアじゃないと、こんな遠出は思いつかないね」
「規則、伝統、習慣って言うけど、たまにはそういうのを全部捨ててみるっていうのも、気持ち良いでしょ?」
 セイリアは笑って言った。
「人間誰だって、型破りをしてみたいものなのよ」
「破ってばかりいる事例も珍しいけどね」
「余計なお世話っ」
 本当に口が減らないやつ。セイリアは水筒をシェーンからひったくると、ぐいっと残りを呑み込んだ。ちょっとだけ、くらっときたけれど、大丈夫そうだ。
「んー、それにしても」
 セイリアはほうっ吐息を吐く。白く軌跡を残して、それは冬風に溶けた。

「楽しかったぁ」

 シェーンは笑いながら、囁くように言った。
「……またいつか来ようか」
 セイリアはシェーンを振り返った。気恥ずかしいのか、こっちを見てはくれないけど。
「じゃあ、雪が解けたら!」
 セイリアが言うと、シェーンは頷いた。
「うん」

 そして二人は立ち上がり、馬のところに戻った。




2007.02.28