The First Meeting vol.2
初対面その2

 

 年末が近付くにつれて、どこもかしこも新年祝賀の準備でバタバタし始めた。大晦日と元旦と、二日間ぶっ通しで騒ぐのだから当然だった。一、二週間は庶民もほとんど働かずに騒ぎまくる。数少ない祭りの時期だ。
 地方の領地を持つ貴族たちも王都に集まるので、領主のやるべき統治の機能もほぼストップする。そのため、その間のための対策に追われて、周りは恐ろしい忙しさになった。父が王宮に出かけるのをセイリアとアースは久々に見たし、シェーンも休暇が明けた後はセイリアを連れ回した。

 ようやく準備が整って落ち着いてきた頃、セイリア、アース双子に手紙が届いた。セレスからの遊びのお誘いだ。アースは例によって「行かない」と言い出した。セレスと話すのはダメで、シェーンと話すのは大丈夫だなんて変な子だ。
「あんたねぇ、セレスはうちの姉弟の事情を知ってる数少ない子なのよ。せっかく祝賀会でボロ出さないように指導してくれるって言うのに」
 セイリアが説教すると、アースはでも、と言い訳を始める。
「僕、隅っこで誰とも喋らないつもりだし、誰かと踊る気もないよ」
「それで済むわけないでしょ。ダンスはともかく、会話は回避不可能よ」
「でもオーディエン領まで行ってくるなんてちょっと遠……」
「馬で全力疾走するからそんな遠くないわよ」
「……どうしてもダメ?」
「ダメ」
「メアリー……」
「今回ばかりはお嬢様の味方をいたしますわ。私から見ても若様は社交能力をつけるべきです」
 破天荒姉と最強侍女に睨まれればアースの道は一つだった。結局、彼は渋々頷いた。

 セレスは他にも何人か人を呼ぶと言っていた。まず、アマリリス・オストールとハウエル大尉。あまり嬉しくない面子だが(好きじゃないのと気まずいのとで)仕方がない。それから、一応レナードも来るらしい。
 あと一人が、初めて会う女の子だ。どうやらノースロップ伯爵の長男の、キンバリー男爵の次女らしい。どこかのパーティーで見かけたことがあるはずだが、セイリアにはさっぱり思い出せなかった。
 オーディエン邸に向かうにあたって、いろいろ準備が必要だった。アースが死んでも女装は嫌だと言ったので、さすがにそれまで強制するのはかわいそうで、アースはアース、セイリアはセイリア本人として行くことになった。だが、髪の毛の長さの問題がある。セイリアもアースも付け髪をすることになった。少年にしては長くなりすぎないよう、ずっと今の長さを保っていたため、既に社交界デビューした貴族の令嬢にしては髪が短すぎるのだ。
 オーカストでは身分が高いほど、女性の髪は長く伸ばす傾向がある。セレスもアマリリスも腰に届くほど髪が長いし、一方メアリーなんかは少年のようなショートカットだった。セイリアは髪を束ねて後ろでお団子にし、そこに付け毛を差し込んで垂らした。お団子だから髪の長さのごまかしが効く。
 アースの場合は、当然「騎士アース」と同じ長さで出席する必要があるから、カツラはつけなければならない。実際装着してみると、落ち着いてはいるが頼りなげなその表情さえ除けば、セイリアと区別するのが難しいほど完璧な変装になった。
「すごいですねぇ。双子とはいえ一卵性ではありませんのに、なんでこんなに瓜二つなんですかねぇ」
 メアリーは出来上がりに満足してとても嬉しそうだった。
「うん、これならばれないわね。あんたさえヘマをしなければだけど」
 あはは、とアースは引きつった笑みを浮かべた。

 そのあとは、着ていくドレスについてセイリアとメアリーが熱い討論を繰り広げた。胸がはだけていてフリルのたくさんついたファッショナブルな空色のドレスをメアリーは主張したが、セイリアは若草色のシンプルで動きやすいドレスだと決めていて譲らなかった。だってメアリーの選んだドレスはあまりにひらひらと可愛くて、リハーサルの今日だけならともかく、本番当日もこれを着てシェーンの前に出ることを考えたら顔から火が出そうだったのだ。
 最終的には、アースが審判をしてセイリアの主張した若草色のドレスに決まった。
双子の趣向は同じだったとみえる。

 そんなこんなでバタバタして、家を出るのが遅くなり、セイリアとアースはメアリーともう一人随従を連れて馬車に飛び乗った。セイリアはコルセットの締め付けに、息をすることも苦しかった。五分おきにメアリーに「緩めようよ」と言ってみるのだが、「すぐ慣れますから」と一喝された。
 オーディエン邸に着き、何人かの使用人の手を渡った後、ようやくセレスの部屋に辿り着いた。
「いらっしゃいませ、セイリアさん、アース殿!」
 とても嬉しそうだった。
「お待ちしていましたわ。オストールのお二方はもういらしていますの。キンバリー嬢がまだなのですけど……」
 反射神経なのか、アースは必死にセイリアの背後に回り込もうとしていたが、セイリアはその度に動いて、それを許さなかった。
「お入りになって」
 セレスが言ったので、セイリアはアースに目で、「あんたが先に行きなさい」と合図した。もうアースの顔色は蒼白だった。すると、セレスがすっと前に出た。
「アース殿。入って挨拶をなさったら、わたくしが話の進行役をさせていただきますから、とにかくお入りになってくださいな」
 アースは渋々、足を踏み出した。
 部屋の中ではアマリリスがお菓子を頬張り、大尉がお茶を飲んでいた。
「ああ、来たね、アースにセイリア嬢」
 大尉がにっこりと言って二人を迎える。アースはなんとか自然な笑みを浮かべて「こんにちは」と言った。前回会った時に女装姿を見られたことからすれば、ものすごくよく頑張った。エライ。
 セイリアもドレスの裾をつまんで宮廷風の礼をした。
「こんに……じゃなかった、ごきげんよう」
「ごきげんよー」
 アマリリスは気のない返事をした。
「皆さんお会いしたことがありますから、ご紹介の必要はありませんわね」
 セレスは微笑みながら言った。
「こちらは兄のレナードです。アマリリスさんとセイリアさんは初対面でしょうか」
「はい」
 レナードが無言で会釈をした。危ない危ない、一瞬「え?」と聞き返しそうになった。あたしは今、深窓のご令嬢なのだ。しかもレナードってば恐ろしく影薄く立っていた。セレスが言うまでそこいるのに気付かなかった。

「では、キンバリー嬢がいらっしゃるまで少しお話ししましょうか」
 侍女や随従たちは壁際に控え、その他はめいめいがいすに座ったが、レナードとアースは完全に人を避けるように端の方に逃げた。呆れた思いでその弟を見つめてから、セイリアはセレスに囁く。
「……ねぇセレス、レンとはよく会ってるの?」
「それほどでは。ここに戻ってから一度だけ来てくださったけれど、あまりおしゃべりできなかったのです」
「お父さんは何て? レンに冷たくあたった? セレスは叱られなかった?」
 セレスはくすりと笑った。
「お父様はとてもお厳しい方ですもの。心配の方が勝っていたとしてもお叱りになりますわ。わたくし、危うく一月部屋を出てはいけないことになりそうでしたのよ」
「ひっ、一月……」
 自分だったら三日目で窓を蹴破って飛び出すだろう。
「お兄様ですけれど、お父様はどうしても受け入れられないみたいですの。ほら、お兄様、ロー族の血が入っていますし。少数民族の血が入った跡継ぎだなんて有り得ませんもの」
「そういうものなの……?」
 そこまで少数民族を軽蔑する必要性が、セイリアにはいまいち理解できなかった。

「ちょっと、いつの間に仲良しこよしなの?こそこそ内緒話なんかしちゃって」
 アマリリスが割って入ってきた。
「セイリア……だったかしら? 呼び捨てにしてもよろしい?」
 そうか、彼女は初対面ということになっているのかと思いながらセイリアは答えた。
「あ、うん」
「話すのは初めてよね。あんたあまり夜会に出てこないものね」
「はあ」
「私、あんたに同情するわ。やな弟持ったわねぇ」
 あんたの方がよっぽど性格に難があると思います。
「生意気で人を馬鹿にしたような態度ばっかりで、最悪。セイリアもあんな弟を持って苦労してるでしょ」
 その“弟”本人に向かって悪口をいっていることを、アマリリスは知らない。
「今日はダンスをセレスに習いにきたんでしょ?」
「うん、まあ」
 セイリアは気のない返事をした。一応、そういうことになっている。
「ま、私とセレスがレッスンするんだから、私たちと同じくらいとはいかなくても、バカにされない程度にはなれるでしょ」
 にこり、と笑ったその顔が小悪魔に見えた。女王様気質の性格がうかがえる。ちょっとずつ、それが堪忍袋の緒を切っていくのを感じた。
「アマリリスさん、セイリアさんはもうある程度できますの。わたくしたちは彼女が例え王子様と踊っても釣り合うようにして差し上げるのですよ」
 残念ながらセレスの言葉の選び方は間違っていた。
「王子様と踊るの私なんだから、彼女にはそんな必要ないわ」
 アマリリスはむきになってそう叫ぶ。
「もしシェーン王子がセイリアと踊るためにこんなことやってるんだったら、私、やらない。悪いけど帰って。こうやって友達みたいに扱うことだってないわ。セイリアなんて名前してるけど、あんたってば喜劇の女神というより、争いの女神のエリスね」
 ぷちーん。ああ、緒が切れた。
「じゃあセレス、私たちだけでやろうか。別に二人も先生いらないし」
「えぇ? あの、セイリアさん、アマリリスさん……」
「何ですって!? 教えてもらう立場の人がそんな態度取って良いと思ってるの!?」
「先生のご意思を尊重して言ってるんじゃない。やらないんでしょ? 結構よ」
「んまあ!! 弟が弟なら姉も姉ね! 言っとくけどセレスは私の親友なのよ! 一緒に散歩に連れてくから他に先生を探してちょうだい!」
「アマリリス、人様の家で怒鳴り散らすな」
 大尉が見兼ねて言った。兄には頭が上がらないのか、アマリリスは吐き出しかけた言葉をぐっと飲み込んで口をもぐもぐさせた。
「そうそう、あんたってば花の名前をしてるって言うのに、むしろ口うるさいカラスみたいよ」
 セイリアが放った一言にアマリリスもぷちんとなったらしい。扉の外から侍女の声がして、セレスがちょっと立ち上がりかけたのも気がつかなかったのか、アマリリスは水の入ったコップを手に取ってセイリアに向かって撒き散らした。しかしそこは太子の護衛騎士、セイリアがおとなしく水を被るわけがない。
 さっと移動して水を避け、そして水はちょうど開いた扉から入ってきた少女にぶちまけられた。

「あぁっ!」
「あらら」
「きゃあ!」
「やだっ!」
 様々な叫び声が一度にしたが、水を被った当の本人は呆然と突っ立って何も言わなかった。
「キンバリー嬢、大丈夫かい?」
 大尉も声をかけたが、一番慌てたのはアマリリスだ。
「アリアン! ごめん、あんたにやるつもりじゃなかったのよ!」
「……うん」
 少女はそれだけ言った。セレスが急いでタオルを準備し、少女はゴシゴシと水を被ったところを拭いた。別に怒っていないようだ。
 なんとなくぼんやりした表情の少女で、歳はセイリアたちより一つか二つ上のようだ。少し跳ねた髪はほとんど黒と言って良かったが、光の加減で濃い青緑色に見える。髪はセレスやアマリリスよりは短く、セレスのように三つ編みを一つ、こめかみの辺りから垂らしていた。瞳は綺麗な空色だった。
 拭き終わると彼女はのんびりとタオルを侍女に返し、セイリアら知らない顔を見つけたようで、ゆっくりと首を傾げてセレスに問うような視線を向けた。
「あ、あちらはセイリア・ヴェルハント嬢、アース・ヴェルハント殿。そして角の方がわたくしのお兄様ですわ」
 少女はじっとセイリアたちを見つめ、顔と名前を覚えるとぺこりと頭を下げた。
「キンバリー男爵の娘、アリアンロードと申します」
 セイリアはアースをちらっと見た。
 ……アースのことは頼んだ、アリアンロードさん。




2007.03.09