New Year Party 1
新年祝賀会1

 

 ウォーレン・ヴェルハントは着飾っていた。大の苦手の社交場にこれから出なければならないのだ。紺色の上着に真っ白いスカーフ、マントも紺色で、帽子につけるブローチはワシの形のものを選んだ。

 彼は火の消えかかった暖炉の前に立って、子供たちを待っていた。二人とも準備に手間取っているらしい。まあ、絶対にバレないように手を尽くしているから時間がかかるのだろう。
 この二人の子供が彼の一番の心配の元だった。
「君は本当に、色々な問題を残して逝ってしまったな」
 寂しげな笑みを浮かべて彼は暖炉上の肖像画を見上げた。ほとんど白に近いくらいの金色の髪、そして生き生きとした鮮やかな緑の目の女性。美人というよりは、その溢れんばかりの生命力が不思議な魅力を持つ女性だった。
「セイリアは君よりも強い子に育ってしまったし、アースは私と同じで引っ込み思案だよ。家から出ようとしないのをセイリアがむりやり引っ張り出している感じでね」
 あら、いいことじゃないの、と彼女が答えた気がした。
 ウォーレンは苦笑した。彼女も――双子の母親であり彼の妻であった女性も、破天荒な人だった。娘が日に日に勇ましく、漢前になっていくのを笑って喜んでいた人だ。
「おかげで私はめっきり髪が減ってしまったのだぞ?」
 ――それはそれで愛嬌があって素敵よ。心配ないわ、二人はあなたが思うよりずっとしっかり者よ。
 彼女の言いそうなことが、ウォーレンにははっきりと分かった。肖像画の中の彼女が笑ったように見えた。
 ――おろおろするよりはしっかりと前を見なさい、ウォーレン・ヴェルハント子爵。あなたは王家の秘密とヴェルハント家の行く末を握っているのよ。
 彼女の叱咤激励の仕方は本当に娘そっくりだった。

「お父様ー? 用意ができたわよー! 早く早く! 今出ないと遅れるんだからーっ!」
 娘の叫ぶ声が響いてきた。随分遠くから叫んでいるようだがはっきり聞こえた。
本当によく通る声の持ち主だ。
 ウォーレンは苦笑し、再び肖像画を見上げて呟いた。
「行ってきます、リアンノン」
 そして彼はろうそくの明かりを吹き消し、娘が怒鳴り込んで来ないうちに玄関までたどり着こうと急ぎ足で部屋を出た。


 セイリアは少し上がっていた。家族揃って出かけるなど珍しいことだ。アースは青ざめていて始終俯いていたし父もいかにも嫌々行く感じでまったく乗り気ではないのだが、とりあえず家族一緒というのが嬉しかった。母がいた頃はよく四人で出かけていたのだが。
 セイリアのいつも通勤の道をたどって長いこと馬車に揺られた後、やっと王宮に着いた。馬車は馬一頭で走るより随分のろいのだ。
 アウステル宮殿前では、貴族の馬車がそこら中で停まる場所を探してうろちょろしていた。何とか降りることに成功して、渡し橋を渡って正面の階段を上る。
「ごきげんよう、ヴェルハント子爵、セイリアさん、アース殿」
 後ろから声を掛けてきたのはセレスだった。後ろからレナードと、公爵夫人らしき婦人がついてくる。セイリアも笑って返した。
「こんばんは」
「こんばんは、オーディエン嬢」
「……ごきげんよう」
 父はにこやかに挨拶したのだが、アースの声は小さかった。まあ、返事できただけマシか。

 階段を上りきり、人々は広間の方へ向かう。そこで各々別れて用意された席についた。宮殿内でも屈指の広さの広間にずらりと並んだ席が少しずつ埋まっていく。爵位を持つ貴族だけの集まりなのだが、夫人や息女も来るためものすごい数の席だ。よく広間に入ったものだ。
 セイリアは上座を見た。まだ王族は席についていない。そういえば側妃様はこういう場に出てくるのだろうか、と考えた。
 しばらくして、ようやく席が埋まった。まずカーティス、ランドル、アーネストの三人の王子が席についた。続いて太子のシェーン。最後に国王その人。全ての席が埋まった。側妃はやはり出てこないようだ。

 国王が席についたのを合図に、儀式官が乾杯の歌を歌いながら広間を回った。開会の儀の始まりだ。次いで塩入れの配付、パンの儀式、手洗いの儀式、飲み物の鑑識が行われ、儀式は滞りなく進んだ。
 セイリアはすでに退屈し始めていたが、ここでようやく乾杯だった。そして給仕たちがわらわらと出てきて料理を並べる。これは目を楽しませる料理ばかりだった。どれもこれも、食べ物をただ並べたものではなく何かの形を作っている。孔雀のローストには孔雀の羽根が刺さっていてとてつもなく豪華だった。
 ご馳走は楽しめた。まだそんなに会話する必要がないのを幸いに、アースはセイリアにテーブルマナー講座をしていた。
「違う、それじゃなくて。ああ、手はこう持つんだよ、姉さん」
「食べれれば何でも良いじゃないのよー」
「姉さん、一応は貴族なんだから……」
「あたしは庶民派」
「ここは王宮」
「わかったわよ、言う通りやるわよ」
 おかげでセイリアは本来できるよりも美味しく感じられなかったように思えた。
 ただしデザートには驚いた。何とパイの中に生きた鳥が入っていて、切り口を入れたら飛び出してきたのだ。
「イリュージョン・フードだ!」
 アースが隣で教えてくれた。

 食事の間はひっきりなしに吟遊詩人の歌、手品、踊りなどの出し物をやっていた。この人達は仕事が終わったらちゃんと新年を祝えるのだろうかとセイリアは思った。

 食事が終わると、一同そろって隣りの大広間に移動だ。ダンスパーティーの始まりだ。部屋の脇にはお菓子や軽い食事が用意されていて、ワインもある。
 セイリアは食事の時に飲んだ一杯で既に少々正体が怪しくなっていたので、ワインには手を出さないことにした。アースも少しぼうっとした目をしている。
「アース……あんたもお酒に弱い?」
「そうみたい……姉さんと同じだ」
「双子だもんねぇ」
「あはは」
「セ、セイリア、アース、大丈夫か?」
 父は心配そうだ。やっぱり二人ともちょっとだけ酔っているっぽい。
「……ヴェルハント子爵、アース殿、セイリア嬢」
 セレスとは違う声がして振り返ると、アリアンロードがいた。
「アリアンロードさん!」
 セイリアは笑いかけた。
「こんばんは」
「こんばんは。ヴェルハント子爵、初めまして。アリアンロード・キンバリーと申します」
「ああ、キンバリー男爵の。初めまして」
 にこやかに父が返す。何だ、嫌がっている割には結構手慣れてるじゃないの、とセイリアは思いながら父を見上げた。一方のアースは完全に苦手意識が先行したらしく、素早く言い訳を言った。
「では、僕……えと、私はシェーン王子の所に行ってますね」
 唯一気兼ねなく接せるシェーンの所に逃げ込む気らしかった。
「あ、こら」
 セイリアが叱りかけたが、逃げ足の速いこと。すぐにアースの姿は人込みに消えた。
「……やっぱり嫌われてますね、私」
 アリアンロードがぽつりと言ったのでセイリアも父も慌てて言った。
「そ、そういうつもりではないと思いますぞキンバリー嬢」
「そうよ! ほらあの子女の子は全般的にダメで!」
 しかしアリアンロードは俯く。
「……セレスさんは朗らかな方だと」
「ふ、普段はそうなのよ」
「そ、そうですとも、パーティーで上がっているんですよ」
「……そうなんですか」
 アリアンロード言い、納得したようだった。
「安心しました。……それでは、失礼します。セレスさんを探さないと」
 アリアンロードはそれで去った。セイリアは父と一緒に溜め息をついた。
「確かにあの子と話すのはなんだか疲れるわ」
「変わった雰囲気の子だな」
「実際に変わってるのよ、お父様」

 そしてまた別の声がかかった。
「こんばんは、セイリア」
 セイリアは飛び上がった。
「……大尉」
「おやおや、私と会ってしまってはまずいかい?」
 セイリアは頬を膨らませた。シェーンとの仲直り、そして進展以降、セイリアが大尉との関係を気まずく思っていることに、大尉が気付かないはずがない。
「分かりきったことを聞かないでよ。意地悪」
 大尉は声を立てて笑った。
「さて、シェーン王子は向こうで忙しくしてるみたいだし……一曲踊っていただけますか?」
 セイリアが父を見上げると、父は少し考えた後、頷いた。セイリアは後でシェーンに怒られるかなぁと思いつつ大尉の手を取った。

 音楽に乗ってステップを踏み始める。
「オーディエン邸では話せなかったね」
 彼は悪戯っぽく言った。
「慰めの言葉くらい欲しかったんだが」
「はあ……ごめんなさい。なんとなく気まずくて話せなくて。……あの、大尉、あたしやっぱりシェーンがいいみたい」
 ハウエルは少し首を傾げた。
「君にとって、私よりシェーン王子のどこが魅力なんだい?」
 ちょっと冗談っぽい口調だ。セイリアは肩をすくめた。
「ただ好きなんです。それだけ。一つの理由なんかで括れないわ。強いて挙げれば……そうね、あたしを真っ直ぐに見てくれるってとこかしら」
「他の人は真っ直ぐ見てくれていないのかい?」
「それは分かりませんけど。でもなんか、とにかくシェーンは違うの。それに、色々と可愛いところもあるし」
 セイリアは上目遣いにハウエルを見つめた。
「こんな話を聞いて気分悪くなりません? あたし大尉をフってるのよ」
 大尉は笑った。
「そのストレートさが好きになった理由の一つだからね。それに、おかげで少し吹っ切れてきた」
 曲が止んだので、ハウエルはセイリアの手を引いて壁際に引いた。ダンスの輪の中にいてはパートナーを変えなければならない。

 セイリアはハウエルのさっきの発言に少し不安になって言った。
「なんかあたし、好意を寄せてくれてる人をフるなんて、すごく悪い女じゃない?」
「うん、フられた張本人にとってはね」
 さらりと言われた。
「……大尉、否定してよ」
「私はこの件に関しては悲劇のヒーローなんだから少しは文句を言ったっていいじゃないか」
 彼は言って笑った。
「まあ、誰だって両思いになりたいからね、私が何だかんだ言う資格はないよ」
 彼はワイングラスを手にとって一口飲んだ。
「でもどうだろうね、私は諦めが悪いから」
「た、大尉……」
 ハウエルは含み笑いをした。
「せいぜい機会をうかがわせてもらうよ。王子がどれだけ君をつなぎ止めて置けるか」
「あたしはそんな移り気じゃないわ」
「でもほら、君は移り気というより鈍いから」
 セイリアは抗議した。
「あら、少しずつ分かるようになってきてるのよ」
「それでも平均値まではまだ遠いよ。まあ、王子を君の虫除けで忙しくさせすぎないように、がんばって悪い虫を寄せ付けないようにするんだね」
「大尉みたいな?」
「私は良い虫だよ」
「どっちにしろ虫じゃないの」
 大尉は笑った。セイリアも笑った。気まずくならずに話せるのが嬉しかった。何だかんだ言ってセイリアはハウエル大尉の人柄が好きだから、良い関係でいたいのだ。
「安心したわ。あたし大尉に嫌われたんじゃないかと思ってたから」
「嫌わないよ。逆恨みは趣味じゃないんでね」
 大尉はしかし、少し寂しそうに笑った。
「まあ、完全に吹っ切れるまでゆっくり待っていてくれ」
「うん。頑張ってください」
 ちょっとずれた返事のような気がしたが一応言っておいた。

 大尉はもう一度、今度は満足げに笑い、ワイングラスをセイリアに渡した。
「飲まなくていいから、乾杯だけしよう。この波乱万丈だった一年の終わりと、来たる新年を祝福して」
「うん。来年こそは平穏に過ごしたいなぁ」
「それはどうだろうね。君は厄介事に好かれる才能があるようだし」
「ひっどーい。……否定できないけど」
 ハウエルは声を立てて笑い、グラスを傾けた。セイリアも倣う。

「今年に乾杯」
「来年にも乾杯」

 ガラスのぶつかり合うカチンと言う音が小さく響いた。



最終改訂 2007.04.17