New Year Party 2
新年祝賀会2

 

 セイリアはその後も少しハウエルと喋っていた。
「レンは大丈夫かしら。お母さんらしい人を見たけど」
「夫人は大丈夫だよ。レナードにはつらくあたらないらしいよ。そのかわりレナードには全然無関心で、関わろうとしないみたいなんだけどね」
「そうなの……結局公爵家の中では居場所がないのね」
 セイリアは言ってから、ふと気付いた。
「結構打ち解けてるのね、大尉とレンって」
「ああ、まあね。私が一方的に質問責めにしているような感じだけれど」
 セイリアは笑った。
「想像できる」
「でも最近はだいぶ色々しゃべるようになってくれたんだよ。主人として信頼し始めてくれたのかなって思っているところ」
「良かったじゃないですか」
 ハウエルは嬉しそうに笑って頷いた。
「実はあの子には期待しているんだ。武芸の腕はかなりのものだからね。でも、従順すぎるのが問題なんだ」
「ああ、自分で決めるの苦手そうですよね、レンって」
「その通りでね。……おや、本人だ」
 本当に本人だった。セレスが一緒だ。
「オストール大尉、ヴェルハント嬢」
 レナードは言って礼をした。セレスも倣う。
「やあ、レナード、セレスティア嬢。……楽しんでいるかい?」
 問われたレナードは無表情で首を傾げた。少し困惑しているらしい。
「はあ……」
 なんとも曖昧な返事だ。
「お兄様、せめてまあ、とお答えになって」
 セレスが苦笑しながら言った。レナードはさらに困惑したようで、「はい」と言っただけだった。義理とはいえ妹に対して、まるで他人行儀。
「レン、分からないことがあったらセレスには頼って良いのよ? 兄妹なんだから」
 セイリアがたしなめるとレナードはちらりとセレスを見て、「はい」と返事をした。これだ。レナードはいつだって、何か提案されるとはいとしか言わない。
「ちゃんと自己主張しなさいよ、もう」
 セイリアが言うとレナードはわけが分からないと言うようにセレスを見つめた。
「俺はそんなに自己主張していないですか」
 セレスもセイリアも、ハウエル大尉までが大きく頷いた。レナードはますます困惑したようで、「……気を付けます」と言った。

 その時、踊りを終えたらしいアマリリスがハウエルの元に走り寄ってきた。頬は上気していて、傍目にも大興奮している。
「お兄様、お兄様! 私、シェーン王子と踊ったのよ!」
「本当に? ほらを吹いてるんじゃないだろうね」
「何よっ、信じられないの? セレス、セレスは信じてくれるわよね?」
「はい。踊っているのを見ましたもの」
 それみろという顔でアマリリスは兄を見上げた。
「私に望みがないなんて、やっぱりお兄様の間違いだわ」
「それは……」
 言いながらハウエルはセイリアに視線を向けた。知っているレナードも視線を向けた。
「何と言うか、ねぇ?」
 あたしに何を言えと。二人の視線から目を逸らしたら、アマリリスと目が合った。彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「そうら見なさい。自信があると言っておきながら、あなたはどの王子にも誘われていないようね? 私はシェーン王子だけじゃなくて、ランドル王子とも踊ったんだから。やっぱりあれよね、愛は勝つってやつ?」
 セイリアは呆れた。
「王子ならだれでもいいわけ? そもそもね、シェーンのこと良く知りもしないのに、そんな“愛”だなんて言葉を使わないでよ。そんな軽い気持ちを表す言葉じゃないわ」
「まあ」
 セレスは少し驚いた顔をした。
「素敵な言葉ですわね」
 一方のアマリリスは衝撃を受けたような顔をした。
「なによそれ。私が愛を知らないとでも?」
「勘違いしてるように思えてしょうがない」
 大尉が苦笑した。
「セイリア、君も語れるほどの経験はないように思えるんだが」
「そんなことありませんっ。あたし、だいぶ進歩したもの! 少なくともアマリリスには負けないわ」

 その時、アマリリスの後ろの方から声がした。
「オストール嬢?」
「はい?」
 アマリリスが振り返る。シェーンの一番上の兄、カーティス王子だった。全員が慌てて頭を下げた。
「カーティス王子」
 カーティスは慣れた手つきで顔を上げるように合図した。さすが元太子だけあって、人に命令するのに慣れているようだ。
「ハンカチを落とされなかったか」
 カーティスの差し出したハンカチを見て、アマリリスはまあ、と頬を押さえた。
「やだ、私のですわ。すみません、ありがとうございます」
 他の人の前だといやに令嬢らしいな、とセイリアは冷めた目をした。

 カーティス王子はセイリアに目を留め、驚いたように呟いた。
「本当に瓜二つなんだな……」
「は? ああ、はい」
 この人はもう本物のアースに会ったんだろうかとセイリアは思った。その上で瓜二つと言ってくれるのなら、ばれていないと安心できるのだが。
 カーティス王子は少しセイリアを見つめると、すっと身をかがめた。
「一曲踊っていただけますか」
 セイリアは焦った。相手があの、帰国早々シェーンに斬りかかった短気な王子では、身の危険を感じるというものである。
(こ、断れないかな……)
 思ったが、相手は王子だ。仕方なくセイリアはドレスの裾をつまんで、この儀礼が正しいことを祈りながらお辞儀した。
「喜んで」

 見ていたアマリリスは、はなはだ不満そうだった。
「……何よ、ちょっとためらうようなフリまでして。ぶりっ子」
「まあまあ、アマリリス、勝手に決め付けるのはよしなさい。セイリアはただ単に警戒していただけだ。カーティス王子はシェーン王子の敵だからね」
 アマリリスは頬を膨らませて兄を振り返った。
「お兄様はいつもセイリアの肩をもつわね」
「セイリアの方が正しいからさ」
「酷い! 私はお兄様の妹なのに」
「将来は家を出る身だろう。いつまでも私に甘えてはいけないよ。ほら、レナードと踊りにでもいってきなさい」
「レナード? なんでそんな唐突に」
「俺ですか?」
 アマリリスとレナードは揃って目を瞬いた。
「練習もしたじゃないか。レナード、さっきから誰とも踊っていないだろう。せめて一人ぐらい踊っておきなさい。アマリリス、お前は頭を冷やしておいで」
「今だって冷えてるわ!」
 アマリリスが抗議したが、従順なレナードは既にハウエルに言われた通りにアマリリスに手を差し出していた。しかし黙っているのでセレスに注意される。
「お兄様、何かおっしゃらないと」
「……あ……一曲踊っていただけますか」
 アマリリスは渋々といった様子で手をとった。
「また足を踏んだら承知しないわよ」
「……はい」

 こうしてセレスとハウエルだけが残った。ちらりと視線を交わし合って、先にハウエルが苦笑した。
「セイリアに失恋した同士が残りましたね」
「あら、オストール大尉もセイリアさんを?」
 セレスは心底驚いた顔をしてハウエルを見つめ返した。ハウエルは笑う。
「そう。あなたと同じくね。ちなみにあの双子の秘密を知っている人間の一人ですから、その話題には気を遣わなくて良いですよ」
「あらあら、まあまあ」
 セレスはよほど驚いたのか、真ん丸の瞳を見開いて口許に手を当てた。
「驚きましたわ。でも、オストール大尉も失恋だなんて……アマリリスさんとセイリアさんの話を聞いてもしやと思ったのですけれど、シェーン王子様なのですか?」
 ハウエルは少し大袈裟に溜め息をついてみせた。
「シェーン王子はなんだかんだ言って強運の持ち主ですよ。太子の座は手にいれるし、数え切れないくらい襲われているのに無事だし、あのセイリアを射止めたんだからね」
「まあまあ!」
 セレスは呟いてセイリアの姿を目で追った。
「そうでしたの。本当にわたくし達、フられ仲間なのですね」
 ハウエルは苦笑した。
「セレスティア嬢、悲しいのでその言い方はちょっと」
 セレスはおっとりと笑った。
「いっそこう言っていた方が、吹っ切るのが早くなるかもしれなくてよ。自己憐憫も立ち直りの手段の一つですもの」
「……そうかもしれませんが」
 ハウエルは遠くのセイリアの姿を視線で追いかけ、それからシェーンの方にも視線を向けてみた。シェーンは別の女性と踊っていた。普段は踊りより話ばかりしているシェーンだが、今日はたくさん踊っている。きっとセイリアと踊るためのカモフラージュなのだろう。カモフラージュに使われただけだと知ったらアマリリスがどういう顔をするだろうかと、ハウエルは苦笑した。自分達兄妹は失恋に好かれているらしい。
 ハウエルは隣りのセレスを見下ろした。
「どうせなら一曲いかがでしょう」
「あら、ついでですわね」
 セレスがからかうのでハウエルは笑った。
「いえいえ、誓って真面目ですよ。そうでなければ、先程からあなたを見つめている方々に申し訳ありませんから」
「まあ」
 セレスも笑い、優雅かつ可愛らしくお辞儀をした。
「では、お相手お願いいたしますわ」


 ホールに出たセイリアは、だいぶ緊張しながらカーティスの相手をしていた。緊張してはいたが、挑戦を受けたからには怯むつもりもなかった。
「なぜ私を誘ったのですか? 弟から聞いたシェーン王子の話を聞き出したいなら、私は口を割りませんよ」
 先に言ったのはセイリアだった。カーティスはむっとした顔をした。
「随分な口のきき方だな。弟が弟なら姉も姉か」
「……どっちにしろあなたの味方にはつきませんから。あなたは殺人未遂してますもん」
 ふん、とカーティスは鼻を鳴らした。
「恨むなら父上を恨むんだな。シェーンを太子に据えたのは父上だ。シェーンが太子でなければすべては丸くおさまったのに」
「国の力は国王の力量で決まるもの。そしてシェーンが一番能力があるわ」
 彼は不愉快そうに言った。
「国を語るなんて、妙な女だな。……世の中には外交というものがあるんだよ、ヴェルハント嬢。知らないなら教えてやるが、クロイツェルとの仲が悪くなっているのは何のせいだと思う? シェーンが太子についたからだ」
「クロイツェルってシェーンが側妃の子だって事知ってるんですか?シェーンはクロイツェルに行ったとき、正妃様を“母上”と呼んでいましたよ……と弟から聞きました。表向き、シェーンは正妃様の子ってことになっているんじゃないんですか」
「それはそうだが」
 カーティスは認めた。
「隠しても感づかれることはある。実際、国内ではこの秘密は、秘密であって秘密でないようなものだ。クロイツェルもシェーンの身の上が怪しいことを知っている」
「……だから、シェーンを太子から追い落としたいの?」
「そうだ。あいつは太子に相応しくない」
 一曲終わったが、カーティスは次もセイリアと踊るつもりのようだ。
「それに俺……いや、私の母上はクロイツェルの出身だ。もともと政略結婚だったのに、違う女の息子であるシェーンを太子に据えるのはおかしいじゃないか」
「それは血脈重視の考え方ですね」
「外交重視、だ。このような小国、外交で円満にやっていないとすぐつぶれる」
「ようはばれなきゃいいんじゃないですか?」
「……頑固な女だな。これだけ秘密を明かしたのに」
「だって私には見返りを与える義務なんてないもの」
 セイリアは言った。
「シェーン王子の道はシェーン王子が自分で決めると思います。私……いえ、弟もそれについていくだけです」
 カーティスは声を押し殺して言った。
「そこまでいうなら、もうひとつ教えてやろう。シェーンの出生の秘密は一つじゃない。……シェーンが何か言っていなかったか」
 セイリアは目を瞬いた。
「直接的に聞きますねぇ」
「良い情報をくれたら、あなたを妃にしてやろう」
「誰のよ? 冗談じゃないわ。私の忠誠心を試そうとしているなら無駄です」
 曲が終わったのでセイリアはさっとカーティス王子から離れた。
「弟もそうよ。ハーストン公爵の誘いだって断りましたから」
「伯父上の……」
 カーティスは複雑そうな顔をして眉をひそめた。それからじりじりと後ろに下がっているセイリアに気付いて声を上げる。
「おい、逃げるな。もう少し話を聞きたまえ」
「いくら話しても無駄ですってば。妃なんて興味ありませんし」
 セイリアは言い切った。
「私は一緒にいたい人の傍にいるだけ。地位や身分なんてどうでもいいわ」
 そしてするりと人込みの中に消えた。

「くっそぅ……」
 残された王子は呟き、ちらりと遠くの弟の太子を睨みつけた。




最終改訂 2007.04.26