New Year Party 3
新年祝賀会3

 

 逃げたセイリアはアースのところに行った。父もそこにいた。
 父は誰かと話していて、アースはその後ろで父の会話を傍聴していた。セイリアが傍に寄るとアースが気付いて囁いてきた。
「姉さん、どうしたの?」
「カーティス王子から逃げてきたの。あんたこそ何やってんの? シェーンの所に行くって言ってたくせに」
「……だってシェーン王子ったら踊ってばかりで、僕はほとんど用無しだったんだもん。ぼうっとしてると誰かに話しかけられちゃうし。だから父さんの所に逃げてきた」
 アースはセイリアを見つめて首を傾げた。
「カーティス王子から逃げてきたって、姉さん、何かあったの?」
「まあね、ハーストン公爵の時と同じように、お誘いを断ってきちゃった。目をつけられてないといいんだけど」
 アースはギョッとしたような顔をした。
「あの……姉さん、それってもしかしてカーティス王子が次は僕にアタックしてくるかもってこと?」
「かもね」
「いっ、嫌だ! 僕じゃ対応できないよ!」
「しょうがないわ、ここでは“騎士アース”はあんたなんだもの。気が強いフリでもしてなさい」
「無茶だよぉ……」
「じゃあアリアンロードさんかセレスを探したら? あ、セレスはダメだ、なんでか大尉と踊ってる。じゃアリアンロードさんを探してらっしゃいな」
 アースは少し不安そうな顔をした。
「アリアンロードさんはちょっと話し難いんだけど……レナード殿にしようかな」
「それ、絶対二人とも黙ったままで会話が進展しませんから」
「それがいいんじゃないか……」
「こら。そんなんじゃ、公爵に話しかけられても助けてあげないわよ」
「ね、姉さん……」

 その時、父が二人をつっついた。
「息子のアースはご存知ですね? こちらが娘のセイリアでございます」
 紹介されていると知って、双子は慌てて振り向いた。今度はランドル王子だった。いつの間に父と話しているのだろうと思いながら、頭をペコリと下げる。アースも大慌てで頭を下げた。
「ご、ご機嫌麗しく」
 セイリアとアースの声が、どもり方まで重なった。ランドル王子は微かに笑って言った。
「さすが双子だ。息が合いますね」
「は、はあ……どうも」
「カーティス兄さんがさっき貴女と踊っていたようでしたけど、大丈夫でしたか? 何か脅されませんでしたか?」
 セイリアは目を瞬いた。
「……いつもそうやってお兄さんの後始末をしているんですか?」
「こ、こら、セイリア……申し訳ありません、ランドル殿下」
 父が慌てたが、一度口から出た言葉は取り戻せない。ランドル王子は苦笑して、父を見た。
「いつもそうやって娘さんの後始末をしているんですか」
 セイリアの後ろでアースがぷっと笑い、むぐっ、とセイリアは言葉につまった。
「う、上手いですね」
「ありがとうございます、ヴェルハント嬢」
 ランドルは笑って礼をした。フォローの上手な人なんだな、とセイリアは思った。それからふと気になって聞いてみる。
「あのぅ……わざわざ来てくださったってことは、もしかしてカーティス王子はかなり怒ってますか?」
「……つっかかって行った時には、そうなる可能性を考えなかったのですか?」
 セイリアは肩をすくめた。
「とりあえず逃げるのが最優先だったので」
 ランドルは少し微笑んだ。
「大丈夫ですよ、まさか一人にそっけなくされたからといって、延々と恨み続けてもいられないでしょうから。それでは兄上が覚えておかなければならない人はとんでもない数になってしまいます」
 なんだか自分ばかり喋っている、とセイリアは気付いたので、傍聴を決め込んでいたアースの足の先をごく軽く踏みつけてみた。アースはちょっとびくっとなり、慌ててコメントした。
「えと、あの……カーティス王子はそんなに協力者が少ないのですか?」
 ランドルはアースの方を向いて言った。
「まあ、ほどほど、でしょうか。あの性格ですから、あまり国王向きではないと思われているみたいですよ。伯父上の方がむしろ支持者は多いですから……って知りませんでしたか?」
「はあ」
 セイリアとアースは声を揃えて言った。政治に興味のない姉と引きこもり弟では仕方がない。
「なるほど、シェーンの護衛にはちょうどいい性格ですね。詮索好きでもないし、だけど忠実。父上はやはり人を見る目だけは確かのようです」
 ランドル王子はそう言って少し笑んだ。アースがぽつりとつっこむ。
「人を見る目だけって……陛下は殿下から見て、そんなに良くない王なのですか」
 ランドルは苦笑した。
「……良くない王だとは言いませんよ。色々な意味で大物だとは思っています」

 控えめなその表情が、あまりに彼の兄と弟に似ていなくて、セイリアは呟いた。
「ランドル王子ってお母さん似なんですね」
「え?」
 ランドルは少し目を丸くした。それから困ったように笑う。
「ああ、父上とは似てませんか」
「だって陛下も結構むちゃくちゃな方ですし、カーティス王子もシェーン……王子、も活動的で激しいところがありますし」
「父も、兄上もシェーンも、帝王学を受けていますからね。多少尊大になるのは教育的なものですよ。私は受けていないので、安全路線をひた走る性格になりましたが」
 ランドルはまた少し笑った。
「まあ、父上の場合はすこし度が過ぎてしまったようですが。物事の博打に出るのが好きな人で、見ていてハラハラするくらいです」
「なるほど……」
 ランドル王子は結構客観的な視点を持った人のようだ。
「だから自分は傍観者だと言うのですね」
 アースが呟いた。話に聞き入っていて夢中なのか、臆しない、自然な話し方だ。
「表舞台が好きではないのですね」
「表舞台というものには必ず裏舞台がある。そして表舞台が華やかなほど、裏舞台に渦巻くものは黒いものですから」
「深いですね……」
 セイリアが呟くと、ランドル王子はセイリアに向かって笑んだ。
「一応、王子ですから。そういうものを見るのが宿命なんですよ。……私はまだマシな方でしょう。シェーンがある状況のことを考えると、同情を禁じえませんね」
「でも、助けようとはしないんでしょう」
 セイリアが問うと、ランドルは首を横に振った。
「太子を降りようと思えば、シェーンは降りられるはずです。ましてや反対勢力が多いのですから。それをしないのは、シェーン自身、身の安全より太子の地位を選んでいるからです。今の状況を許容しているということですよ。だから私は、無力にあの子の行き着く先を見ているだけです」
「何も、しないのですか?」
 アースが聞いた。
「そうですね」
 ランドルは短くそう答えただけだった。
 それからセイリアとアースを見て笑う。
「お二方とも、とてもシェーンを心配しているようですが、大丈夫ですよ。あの父上の血を引いているくらいですから、運は強いでしょうし」
「はあ……」
 また二人の声がそろった。ランドルは子爵を見上げた。
「父上がお話をしたそうにしていましたよ、ヴェルハント子爵。後でそちらにも行っていただけると良いのですが」
「恐縮です、ランドル殿下。是非行かせていただきます」
 子爵は丁寧に礼をしてそれに応えた。ランドルはもう一度、三人に微笑みかけて言った。
「では、失礼いたします。あちらで私を呼んでいるようですし」
「はい、ランドル王子」
 三人も頭を下げた。


「すごいちゃんとした王子だったわね」
 ランドルが去った後、セイリアがアースに言った。父はまた他の貴族に捕まって、近くで話し込んでいる。
「四人兄弟で一番まともだわ」
「まともって……それじゃ他の王子がまともじゃないみたいじゃないか」
 アースがたしなめたが効果はイマイチだった。
「だってまともじゃないもの。んー、でも考えてみたらシェーンってましな方かもね」
「姉さん……」
 アースが嘆きの溜め息をついた。

 その時、別の声がした。
「君に比べたら、だれだってまともさ」
 皮肉っぽいこの台詞。むっとしたがセイリアは嬉しかった。
「余計なお世話よ、シェーン」
「開口一言目がその台詞か」
「あんたこそ人のこと言えないじゃないのよ」
「王子だから許されるんだよ」
「そんな生意気だから敵が多くなるんじゃない?」
「生意気じゃなけりゃナメられてるさ。それで命令を聞いてもらえなかったら何もできはしないだろう? どっちがマシだと思ってるの?」
「むっ……」
「はい、僕の勝ち」
 シェーンは笑った。
 セイリアは頬を膨らませて言った。
「遅いわよ、あたしのところに来るのが」
「父上に付き合わされてただけだよ」
「あんたって付き合いであんなに踊る人だったかしら」
「あれは……カモフラージュだって言ったじゃないか」
「それにしても多すぎ」
「でも前もって言った。もしかして大尉が言うまで忘れてたの?」
 セイリアは目を見開いた。
「あんた盗み聞きでもしてたの?」
「いや? 盗み見ならしてたけど。大尉と君の表情を見ての推測」
 こいつ……とセイリアは舌を巻いた。セイリアだって度々シェーンを見ていたのに、彼がそこまで詳細にこっちを観察していたのには気付かなかった。

 シェーンはさっとセイリアとアースの傍に寄って囁いた。
「兄上たちと話をしたろう? 大丈夫だった?」
「ランドル王子はむしろとっても良い方でしたけど……」
 アースが困ったように言ってセイリアを見た。セイリアは肩をすくめて言った。
「なんか、あんたが太子じゃなけりゃ国は上手くいくのにって切々と説かれたわよ。で、あんたの出生を聞かれた。話さないも何も、あたしあんたが側妃の息子だってことしか知らないんだから、教えようがないのにね。だからきっぱり断って逃げてきたの」
 シェーンは眉をひそめた。
「……僕の出生か」
「何よ、あんたまだ何か秘密があるの?」
「無いとも言い切れないよ。僕自身知らないから何とも言えないけど」
「なんだ、あんたも知らないの」
 セイリアは驚いた。
「陛下って結構、秘密主義なのね」
「……あるいは、国家存続に関係するくらい問題だったりするのかも」
 シェーンが真顔で言ったので、セイリアは一瞬言葉を失った。
「ちょっとちょっと、そんなやばい想像しないでよ。知らぬが仏よ。誰も知らないならそれで良いじゃないの。あんた自身が知らないなら、他の人にとやかく言われる筋合いはないわよ」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「ほれっ、ポジティブになりなさい」
 セイリアに背中を叩かれて、シェーンは笑った。
「ドレスを着ていてもセイリアはセイリアだなぁ」

 そして、手を差し出した。
「待たせたね、セイリア。改めて言うよ」
 いつかのように、セイリアの手をとって、礼をして、手の甲に口付けて。
「レディ・セイリア=ヴェルハント、一曲踊っていただけませんか」
「喜んで」
 セイリアはすぐに応え、二人でホールに出た。



最終改訂 2007.05.10