Works
仕事

 

 新年祝賀会では明け方まで皆がはしゃいで、とても楽しかった。騎士隊時代の仲間とも顔を合わせたが、ほとんどが爵位を継いでいたり、中には護衛よりスパイの道に進んだ人もいるらしく、今は国外にいるらしい人もいた。
 とりあえずセイリアはアースに気を配り、知り合いが話しかけて来たときは助っ人に飛んでつじつま合わせをした。バタバタと忙しくて慌ただしい日だった。

 家に帰っても慌ただしいのは変わらなかった。父は今年の収穫予測や農民からの嘆願書、公共工事の請願書をさばくのや予算案作りで忙しかったし、それはシェーンも同じだったので、セイリアも仕事で駆け回ることになった。ルウェリンすらよそ見する暇も無いくらい忙しかった。
 アースも頻繁にシェーンに呼ばれたり、“セイリア”宛の手紙を処理したり、一日中書庫に籠って調べ物をしていたり、そして時には父の仕事を眺めていた。後継ぎとしての自覚が芽生え始めたようで、時には父に口出しもし始めたようだ。アースは頭の良さを発揮して、なかなか才能があるようだ。
 新しい年は順調に始まっていた。

「人間って、わざわざ面倒くさいことを選びたがるんだ」
 シェーンから話を聞いたセイリアはそう反応を示した。シェーンは目を瞬き、尋ねた。
「なんでそう思うんだ?」
「だって新年早々、お金も人命も無駄になるだけの戦争を続けてるだなんて、呆れる」
 シェーンはやれやれと首を振った。
「最近、ちょっとは思慮深くなってきたなと思ったのに……君は君か」
「何をーっ」
 セイリアの後ろで相変わらずトコトコとついてきていたルウェリンも反論した。
「アース殿は十分思慮深いですよっ」
「ほぅら、ルーも味方してくれてるし」
「武芸限定だろう」
 さらりと言われてセイリアは頬を膨らませた。
「うわ、むっかつくー」
「護衛殿、注意力散漫で職務に集中できないなら解雇するぞ」
「ふんだ、やれるものならやってみなさい」
「じゃあついでに騎手隊の所属も解除かな」
「うっ……卑怯者っ! 職権乱用!」
「それ濫用の間違いじゃない?」
「いちいち突っ込みが細かい!」
「君が大雑把すぎるだけだよ。教養ぐらい身に付けておいたら?」
「生意気毒舌吐き」
「どこの誰に向かって言ってるのかな、護衛殿?それに僕は君より年上だよ。生意気は君の方」
「年なんて関係ないでしょ。実力社会なんだから!」
「どっちにしろ僕が上」
「何をーっ」
 結局、どんなに忙しくてもこうなる。放っておくとどんどん話がずれるのだった。

 ひっきりなしに届く書類をさばきながらシェーンが言う。
「新年はさすがに2、3日休戦してたみたいで、その緊張が緩んだ隙に、向こうに行ってるやつらが色々な情報を集めてくれてね。どうも怪しいなぁと思うことが色々あったんだ。しかもその“どうも怪しい”のが両国の王家なんだよね。ややこしくなりそうだよ」
「……また王家? あっちもこっちもだなんて、王家って問題だらけじゃないの」
「まあね、それが宿命さ」
 シェーンはものすごい勢いで手紙の返事を書くと、蝋で封をして王家の印を押した。その作業の繰り返しを、信じられないようなスピードでこなしていく。やっぱり王子なんだなぁ、とセイリアは思った。
「で、アース。君のお姉さんと話があるから、また来るように言ってくれ」
 セイリアは一瞬混乱しそうになったが、急いで名前を脳内変換した。
「わかった」
 一方のルウェリンは、シェーンが寝言でセイリアの名前を呼んだことを根強く覚えているようで、“アースの姉”と聞いただけでわずかに顔がにやけ、少しそわそわした。

 セイリアは壁にかかっている大陸の地図を見やった。赤いピンが随分増えたようだ。自分の知らない場所で、たくさんの人が殺し合っているなんて、まるでおとぎ話のようだ、とセイリアは思う。戦争というものの悲惨さ、犠牲の多さ、そういうのは想像できるし、心底恐ろしいと思うけれど、実際にどこかでそれが現実になっているなんてちっとも考えられない。
 なんだか自分が酷くちっぽけな人間で、非力に思えた。
「何か感じた?」
 シェーンが、セイリアが地図を見ているのに気付いて言った。
「別に。何かを探ろうとして見てたわけじゃないし」
 セイリアは地図から目を離そうとしたが、ふと気付いて目をとめた。クロイツェルの、北の海沿い、オーカストとの国境の辺り。
 “ヘルネイ”
「あ」
 セイリアは声を上げた。
「ヘルネイってこんなに近かったんだ」
「あれ、知らなかった?」
 シェーンが言った。
「未開の場所が多くてさ、少数民族がたくさん住んでるんだ。リキニ事件は聞いたことあるだろう? あれもヘルネイのあたりから少数民族がオーカストに流れ込んできて起きた事件なんだよ」
「あー、シェーンとはそういう繋がりだったの。だから誰だか知らないけど誰かさんは、ヘルネイのことを聞いたわけね」
 セイリアはシェーンを振り返った。
「あれから誰か、あの時の人とおぼしき妙な人に会った?」
「いや。妙な人になら毎日会ってるし。その筆頭が目の前にいるし」
「……あんたねぇ」
「誉め言葉だよ」
「どこが」
 シェーンは微かに笑い、またものすごい勢いで手紙を書きなぐった。セイリアがちらりと覗き込んだら、殴り書きのはずなのに到底そうには見えないくらい、整然とした達筆だった。セイリアが普通に書いた字よりも綺麗かも知れない。なんだか悔しかった。
「シェーンって結構、字ばっかり書いてるね」
 セイリアが言うとシェーンは「まあね」と言った。
「国内の情報は基本的に手紙で送られて来るし。お誘いやら式典の段取りやら、そういうのも急ぎでない時は手紙だし」
「ふうん……ハーストン公爵とかに手紙を奪われたりしないの?」
「奪われて困る内容は口伝てで伝えてもらってる」
「で、紙とかには書き留めないで、頭の中だけに溜めておくの?」
「慣れればどうってことないよ」
 すごい。

 それから、少し気になって聞いてみた。
「ハーストン公爵、今どうしてる?」
「どうもしてない。今のところはね」
 でも、とシェーンは付け加えた。
「ちょっと怪しい気がするから、油断はできないけど」
 シェーンは最後の手紙を書き終えると、素早く封をして返事の山に積み上げた。
セイリアは聞いた。
「怪しいって、どういうこと?」
「別に。ただの勘だよ。無駄な動きがちょこちょこあるというか」
「何それ」
「伯父上の行動なら、なんでも疑って然りってことさ」
 シェーンはやっと返事を全部書き終えたらしく、最後の封筒を山に積み上げて、椅子の上で伸びをした。
「終わった。散歩にでも行く?」
「行くっ」
 セイリアは即答した。シェーンに空き時間ができたのは本当に久々だった。
「行く行く。行こう。ルーも来るでしょ?」
 セイリアが振り返るとルウェリンは満面の笑みで答えた。
「はいっ、もちろんですっ!」
「よし。ってかシェーン、もう仕事は全部終わらせたの?」
 行くをさんざん連発したセイリアに苦笑しながらシェーンが答えた。
「まあね。夕食前に会わなきゃいけない人がいるけど、まだ時間があるから。行こう」


 まだ日が暮れるには随分早い時間帯で、セイリアははしゃいだ。何もかもが雪にうもれていて景色は真っ白だし、冬風が時折強く吹き付けたが、防寒はしっかりしてきたので問題なかった。
 シェーンやルウェリンとしゃべりつつ、回廊を歩いているのは気分が良かった。
「考えてみれば」
 とセイリアはすれ違った人に挨拶した後で言った。
「あんたって常に居場所を把握されてるんだね。部屋を出る時も一言言わなきゃいけないし、行く先々で警備があんたの顔を覚えてるから挨拶するし。誰かが『シェーン王子はどちらでしょうか?』って聞いたら、『あちらへいかれました』ってすぐに返事が返ってくるわけだ」
「そうだね」
 シェーンは答えた。
「でもそれは父上や兄上たちも同じだよ。居場所を隠したら危険じゃないか。僕がどこでなにされようがバレないってことなんだから」
「そうだね。騎士隊で習った」
 セイリアは頷いた。

 シェーンが突然、ふと思い付いたように言った。
「……そうだ。君にやってもらいたい仕事があるんだ」
「え? 護衛以外に?」
 セイリアは目を瞬いた。
「うん。……部屋に戻ってから話すよ」
 そんな秘密裏の仕事なのだろうか。ちょっと不安だ。
「ルウェリンも連れていくといい」
「え?」
「えぇっ」
 セイリアとルウェリンの声が被った。
「ぼぼぼぼく、ご一緒して良いのですか!?」
「邪魔にはならないだろう。仮にもアースの見習いをやってるんだから、傍にいて勉強しなさい」
「は、はいっ! スポンジになったつもりでぐいぐい吸収しますっ!」
 なんか妙な喩えだ。
 まあ、実際に何かあった時のルウェリンはいつだって集中力があったし、セイリアが指導し始めてからいくらか腕も上げているので大丈夫だろうが。彼の問題は、張り切ることと有頂天になることをはっきり分ける能力だ。有頂天になることなく張り切ってくれれば結構将来が楽しみな子なのに。
 ふと、セイリアは閃いた。
「そうだ、ルー、あんたを私の後継者に育てるよ!」
「えぇっ!?」
 ルウェリンは目を真ん丸くした。
「本当ですか? 頑張りますっ」
 セイリアはにっこり笑い、シェーンに耳打ちした。
「これであたしの将来が少し見えてきたわ。安心して仕事を譲れる相手がいたら、あたしも安心してあんたの護衛を辞めてアースと入れ替われるわ」
 シェーンは納得して頷いた。
「なるほどね。アースをこれから鍛えて護衛騎士に仕立てあげるよりかは実際的だ」
「でしょ? アースは自分の得意な頭を使う仕事をすればいいし、あたしは、まあ、なるようになるってことで」
 シェーンは苦笑した。
「君も少しは学問をやっておいた方がいいんじゃないの? あんまり無学だと、それも怪しまれるよ」
「……えー……まあ、少なくとも少しずつ大人しくなれるように頑張るわ」
「……随分な妥協だな」

 ぐるりと回廊を回って帰ってきて、部屋に入るとすぐに三人で暖炉の傍に寄った。ルウェリンは火にあたりながら、待ちきれない様子でシェーンに聞いた。
「シェーン王子様、ぼくから聞くのは良くないと分かっているんですけど……その、お仕事って何でしょうか?」
 シェーンはごく簡潔に言った。
「情報を受け取りに行って欲しいんだ。クロイツェルからのね」
 セイリアとルウェリンは揃って目を丸くしたが、シェーンは続けた。

「もちろん、聞いた内容は誰にも……身内にも言ってはいけないし、聞いたらすぐ僕に伝えに来てもらう。……向こうの情報収集係が何か気になる情報を掴んだらしいんだ」




最終改訂 2007.06.21