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「……なな、なんでこんなところにいるんですかっ!?」
思わず大きな声を出したので、側妃はあわててセイリアにシッ、と黙るように言った。
その仕草があまり平民っぽくないことに、セイリアは気付いた。
「……わたくしが誰だか分かるのね。シェーンの17歳の誕生日だもの、一目見ておきたかっただけですわ」
言葉遣いだって、とても洗練されている。
「ロドニーには言ってあります。どうか剣をお納めくださいな。わたくし、抵抗はしませんわ」
言われて、セイリアとレナードは慌てて剣をしまった。
「……でも、一人ではあまりに危険では」
セイリアが言うと、カレン側妃はふわりと儚げに笑んだ。
「心配してくださるのね。あなたはシェーンの味方ということかしら」
「彼はシェーン王子の護衛騎士です」
珍しいことにレナードが自発的にしゃべった。
カレン側妃は少し目を丸くしてセイリアを見つめた。
「あら……例の新しい護衛ね」
知ってたのか。
「はい。陛下から聞いていたんですか」
「ええ、まあ」
「では……あの、私の秘密のことは何か?」
セイリアが恐る恐る聞くと、側妃は少し心配そうにちらりとレナードの方を見た。
「あ、彼は知ってるんです」
「そうなの?」
「……という反応をするということはやっぱり、側妃様も知ってるんですね」
セイリアはうなだれ、恥ずかしくなって頬を染めた。
男の格好で剣まで突きつけた相手が、よりによってシェーンの母親とは。
それに対して側妃はふわりと笑む。
「ええ、驚いたけれど、確かに腕はよさそうね。安心しましたわ」
母親の顔だった。
しかしセイリアは首を傾げて、彼女を見上げた。
「……でも、いくらなんでも一人でこっそり覗きに来るなんて、見つかると思わなかったんですか?」
「……だって、ほんの一目見ただけですもの。王族の出入り口を使ったのですし。あなたたちの目が良すぎたのですわ」
「そ、そうですか?それでもやっぱり危ないと思うんですけれど」
「でも、結局あなたたちにしか見つかりませんでした」
「それは結果論じゃないですか」
「結果が良いのでよいのです」
おいおい。
しかし、なかなかに口の回る側妃だ。ここらへんもシェーンの血筋を思わせる。
側妃はちらりとレナードに眼をやり、少し緊張した色を表情に上らせた。
「ところであなた、少数民族の方?」
「……半分だけです」
レナードは酷く固い表情で言った。ちょっと気分を害しているらしい。
「お名前を聞いてもいいかしら」
「レナード・オーディエンと申します」
「そう、オーディエン公爵の……」
側妃はそれきりレナードには何も言わず、彼から目を逸らしてセイリアに言った。
「あなたは、ヴェルハント子爵のお嬢様ね」
「はい」
「お母様はリアンノン・ヴェルハント?」
「知ってるんですか?」
「リアンノンはギルダの側近でしたもの。わたくしもとてもお世話になりました」
何気なく、という感じで言われた言葉だったが、あまりにいろいろな情報が詰まっている気がしてセイリアは一瞬言葉を失った。
ギルダ。正妃の名だ。
母が正妃の側近くに仕えていたことは知っているが、王宮の奥に閉じ込められていたはずの側妃までが、なぜそんなことを。
そしてふと、いつか誰かが、正妃と側妃は仲が良かったと言っていたことを思い出した。
何かが、繋がりそうで。
しかし、側妃は何事もなかったようにセイリアたちを見つめて微笑んだ。
「もう行かなければ。お騒がせしてごめんなさいね。どうかわたくしのことは、陛下以外には秘密で」
「あの、側妃様」
セイリアが思わず呼び止めた。
きびすを返しかけていたカレン即妃が振り返って首を傾げる。
「何か?」
「本当に、あなたは農民出身なんですか」
思わず口をついて出てきた質問だった。
側妃は笑った。
「ええ、そうよ。なぜ?」
「いいえ……なんでもないです。部屋までお送りしましょうか?」
「いいえ、あなたたちが入ってはいけない場所のはずだから。ありがとう」
側妃は言うと、今度こそきびすを返して行ってしまった。
「…………」
「…………」
残されたセイリアとレナードは少しの間そこにたたずみ、やがて顔を見合わせた。
「謎っぽいわ」
セイリアが言うと、レナードもこっくり頷いた。
「側妃様と会ったこと、シェーンに言った方がいいかしら」
「陛下以外には言うなと言われましたよ」
「約束を守らない方がいい時だってあるじゃないのよ」
「……そうですか?」
「……そうですかって、あんた約束破ったことないの?」
「記憶にないです」
「……あ、そう」
この生真面目男め。
「とりあえず戻ろう。誰かに探されてたら厄介だわ」
実際、探されていた。シェーンはセイリアを見つけて酷く不機嫌だった。
「どこに消えていたんだ。今度こそ職務放棄だぞ」
「なに言ってんの。むしろその逆で立派に職務遂行してたんだから」
セイリアが言い返すとシェーンは面食らった顔をした。
「どういう意味?」
「不審者を追ってたの」
「……ヴェルハント殿」
レナードがセイリアをとがめるように言ったが、セイリアはやっぱり言った方がいいと判断した。
「ところがその不審者、正体が正体だったわけ。ちょっと耳貸して」
周りに聞こえては大変なので、セイリアはシェーンの耳元に口を寄せて、側妃の名を挙げた。
シェーンは予想以上に動揺した表情を見せた。
「本当に?わざわざ?」
「そう、わざわざ。見つけたのがレンと私だったから良かったけどね」
「……まったくだ」
「あと、私のお母様を知ってたの。正妃様の側近だったって知ってた。それでうちのお母様にお世話になったとか何とか」
「……ふうん」
シェーンの反応は、少なくとも見かけ上では、あっさりしていた。
「意味深だと思わないの?」
「嗅ぎ回ったってしょうがないよ。情報ってのは手に入ってすぐに人前で吟味するものじゃない」
シェーンに言われて、セイリアは不満ながらも引き下がることにした。
ちょうどその時、ハウエルがやってきた。
「レナード、探したぞ。どこへいっていたんだ?」
「申し訳ありません、ヴェルハント殿と共に不審者を追っていまして」
「不審者?捕まえたのか」
「……いいえ」
レナードはシェーンの表情をうかがった。説明していいのかどうか分からないようだ。
シェーンは小さく首を横に振った。
レナードがハウエルを見上げると、ハウエルは首をすくめた。
「分かった、何も聞かない」
「……ありがとうございます」
レナードが頭を下げたのを見て、シェーンがセイリアに言った。
「こういう態度が本当の騎士って言うんだよ」
「余計なお世話っ!」
その時、ふと視線を感じた。
セイリア振り返ると、カーティス王子だった。壁際で、大嫌いな弟の誕生日など祝いたくないという風情だ。
そして、王兄ハーストン公爵が、その隣にいた。
「…………」
なんとも気になる組み合わせだ。
「どうしたの」
シェーンに問われて、セイリアはなんでもない、と首を横に振った。
「なんでもない。……そう思いたいだけかもしれないけど」
「奇妙だと思わないかね」
ハーストン公爵に言われて、首を傾げたのはカーティス王子だった。
「奇妙?」
「ヴェルハントの子供だ」
「シェーンの護衛ですか?あいつは奇妙の塊ではないですか。貴族らしくないし、生意気で」
「そういう意味ではない。あいつだけではなく、その姉もだ」
意味を図りかねてカーティスが首を捻っていると、ハーストン公爵が説明した。
「ほとんどの夜会で、双子のうちの片方しか出席しない。たまに双子が揃って出席すると、いつもと雰囲気が違う」
そうだろうか、とカーティスは彼らの様子を思い返してみた。
なるほど、確かに。
二人揃っていた場合、弟はいつもより格段におとなしくなるし、あまり人と話をしたがらない。
姉の方は「普段」がどんな風なのか分からないのでなんとも言えないが。
「どう思う?」
問われてカーティスは、思い付きを言ってみた。
「揃って出席した場合は、弟の知っているシェーンに関する情報を聞き出されるのを防ぐために、姉が弟に成りすましているとか?姉は大人しい性格だという噂を聞いたことがありますし、それは夜会の時の弟の様子と合致します」
「なるほど。……ならばなぜ、どの夜会にも揃って出席しないのだ?」
「知りませんよ。自分で考えてください」
カーティスが言い返すと、公爵は唸った。
「そもそも、なぜ気にするのです。あの護衛はなかなか頑固ですよ。伯父上も誘いをかけたことがあるのでしょう?俺もですが、一蹴されました。もっと買収しやすそうなのを狙ってはどうです」
「……ほう。わたしに味方するのか」
「別に。シェーンを引きずりおろしたいという願いが同じだから言っているに過ぎません。成功した後はあなたと正面から戦います」
「……なるほど」
公爵は笑った。
「カーティス王子、あなたは気に入った。どこまでも直球で真っ直ぐであられる」
「……単純だといいたいのですか」
気分を害したように言うカーティスに、公爵は逆に聞き返した。
「ロドニーにそう言われたのか」
父王の名前を挙げられ、カーティスは首を振った。
「父は俺の悪口を言いません。シェーンの方をより高く評価しただけで、俺を貶めたわけじゃない」
「……ほう、あいつを慕っているのか」
「仮にも父です。それに実際、俺をある程度認めてくれています」
「ふむ……」
「それはそうと、シェーンが気に食わないことには変わりありません。あいつに何をしたって俺は何も言いませんよ」
「ならば、あのヴェルハント姉弟を調べるのに協力してみないか」
「……あそこの双子にこだわりますね」
「あの家は少し特別だ。子爵の身分なのに国王と妙に近いのを不思議に思ったことはないのか」
カーティスは言葉に詰まった。
「ありますが……別にそういう家が珍しいわけでは……」
「ヴェルハントは元々、伯爵家の分家だ。子爵家は本家から追い出されるようにして独立した。その時期と、ロドニーが子爵を重用し始めた時期、側妃が嫁いで来た時期がほとんど同じだと言ったら、どう思う」
カーティスにとっては初耳だった。
いままでヴェルハント子爵家など眼中になかった。その家の子息が、シェーンに最も近い護衛騎士の任についたと聞いて初めて興味を持っただけだった。
驚いた表情をあらわにするカーティスに、公爵はさらに言った。
「ちなみに、子爵自身が結婚したのも、そのすぐ後だ」
「……何かの時期が一致するからといって関連性を疑いすぎるのはよくないと、帝王学で学びましたが」
「ふむ。一理あるな。もちろん、過度な疑いは良くない。だが、少し考えてみるのは妥当だと思わぬか」
「どっちにしろ、伯父上はあの家が気になるわけですね」
「まあ、そういうことだ」
カーティスは、腹違いの弟にくっついて歩き回っている騎士を見つめて、しばし考えた。
言われてみると、気になる子だった。
そういえば、護衛騎士に任命された時、彼を見た父はあっと声を上げて驚いていた。
どうしてここに、と。
試合に騎士が参加するのは当たり前なのだから、そこにいて当然なのに。
「…………」
そう思うと余計に怪しい気がして、カーティスはいてもたってもいられなくなった。
しかし、騎士相手では手強いだろう。彼らは情報を探り、また、守る訓練を受けている。
下手に切り込めば、情報が手に入らないばかりか逆にこちらの情報を漏らしてしまう可能性が高い。
「伯父上がご自分でお調べになったらどうですか」
「わたしは国際情勢の情報収集で忙しい。君がやるべきだ。……そうだ、取引はどうだ?お互いの情報を後で交換しよう」
カーティスが迷ったのは一瞬だけだった。
とても魅力的な申し出だったし、子爵家を探るのに良さそうな案が浮かんだのだ。
「その取引、承諾しましょう」
公爵はにっと笑い、カーティスに手を差し出した。
カーティスはその手を取り、握手に応じた。
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