The Ganbles 
賭け

 

当然のように論争になった。
物資の援助だけでは不十分だとか、国王が留守にする必要はないとか、そんな論争だ。
つまりはみんな、不満タラタラだった。
「だったらシェーンと陛下以上の案を考えろって思わない?」
「それぞれが最優先と考えている課題が違う中で、どちらの方が良い案かという判断はできないんだよ」
セイリアが愚痴ると大尉が答えた。
「シェーン王子と陛下が援軍要請に対して曖昧な態度を返すのは思うことがあるからだろう。でもその『思うこと』が何なのかを明かそうとしない以上、臣下から不信感を抱かれてもしょうがないよ。まあ、誰だって隠し事をされるのは気分が良くないものだからね」
「そうだけど、でも過剰反応しすぎじゃないの?」
「そういうものだよ、政治世界って。論争というものは人を熱くする性質があるものだ。あとで冷静になってみれば、何であんなに情熱をかけていたんだろうと思うことでも、いざ言い争ってみると熱くならずにはいられないんだよ」
「大尉でも熱くなる?」
「私はつとめて冷静を保とうとするから、めったなことが無い限りは熱くならないよ。どちらかというと静かに闘志を燃やすタイプだね」
「ふーん」
「君は間違いなく、カッとなる方だね」
「余計なお世話っ!」

しかし結局は国王の決定は絶対であり、ヌーヴェルバーグも食料と武器の援助だけという提案に対して文句を言わなかったので、シェーンと王の提案は通った。

そしていよいよ国王の出発が近付くと、シェーンは頻繁に国王と打ち合わせをしに行った。
戦場についたらなるべく情報を届けるとか、ヌーヴェルバーグにあげた分の物資をどう補充するかとか、細々と二人で相談して決めていた。
セイリアはいつものようにカーテンの向こうにルウェリンと一緒に控えていた。
部屋は広いしカーテンも結構分厚いので、ボソボソと相談している声はギリギリ聞こえないのだ。
あまりに長い時間待たされていれば、黙って突っ立っていなければならないはずの護衛でも私語ぐらいはしたくなるというものだ。
「いつもいつも、ああいう真面目な話ばかりで王子様は疲れないのでしょうかね」
ルウェリンが素朴な疑問、というように呟く。
セイリアは退屈で退屈でしかたがなかったのでおざなりな返事をした。
「慣れてるんでしょう。あるいはあれが趣味なんじゃないの」

すると、かすかにシェーンの声が聞こえてきた。
「それはできかねます」
セイリアとルウェリンは思わず顔を合わせた。だが、ここはぐっと好奇心を抑えなければいけないのが騎士だ。
しかし聞こえてきてしまうと聞かないわけにはいかない。
「しかし父上、母上は僕とは……」
「声が大きいぞ、シェーン」
なんだなんだ。
セイリアとルウェリンは緊張して体を強ばらせたが、それ以上の声は聞こえてこなかった。
セイリアとルウェリンはその場に立ち尽くしたまま、二人の話し合いが終わるのを待った。
しばらくして呼ばれ、セイリアはルウェリンと一緒にシェーンについて部屋を出た。国王は机に向かって何やら書類にサインをしていて、シェーンの方を見なかった。

部屋を出てしばらくしてから、セイリアは思い切って声をかけた。
「ねぇ、シェーン。陛下と言い合ってたみたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫……たぶん」
「たぶんって」
「父上が、僕に母上を頼むとおっしゃったんだ」
「それが何かいけないの?」
「あのね」
シェーンはやれやれ、と言った調子で、子供に言い聞かせるように腰に手を当てた。
「僕は太子だ。血筋に問題がある太子なんだ。太子の地位についた時点で、僕は母上との接触は一切断たなければいけない立場になったんだよ。その僕に母上の面倒を見ろだなんて、むちゃくちゃだ」
セイリアにはいまいちよく分からない。
「でも、実のお母さんなんでしょう?お母さんのこと、気にならないの?」
「気になっても、行動を起こしてはいけないんだよ」
「……相変わらず七面倒くさい思考回路だね」
「アース・ヴェルハント」
「何、フルネームで呼んじゃって」
シェーンはまじめな顔をしていた。
「父上は何か隠してる」
「はい?」
「だから、言葉の通りだ。父上の言い方はまるで、母上の身に何か危険が迫るのを恐れているみたいだった」
セイリアは目を丸くし、ルウェリンを見た。ルウェリンもポカンとしたまま肩をすくめて見せた。
「身の危険って、だれかに狙われてるって事?農民出の人が何で狙われなきゃいけないの」
「その通りさ」
シェーンは言って、衛兵のそばを通るので一端言葉を切った。
二人の衛兵は頭を下げ、シェーンが通り過ぎるのを待っていた。
少し彼らから遠ざかると、シェーンは話を再開する。
「だから、父上は何か隠してる。僕に感づかれてもいいとは思ってるみたいだけど、教える気はないみたいだ」
「何それ」
「知らないよ」
どうやらシェーン、ちょっとご機嫌斜めだ。
「父上はいつもそうだ。試すような、賭けのようなことをして楽しんでる。どんなに重大なことでも賭けに出て、失敗したらその時はその時って言って笑ってるんだ」
「シェーン……陛下にご立腹?」
「怒ってるというか、自分だけ何もかも知ってる顔をされるのが癪なだけ。……ちょっと、オーカストに情報を求めたのに焦らされる諸外国の気分が分かった」
「はあ……」
なんだかやけに饒舌だ。どうしてもしゃべって気分を紛らわせたいらしい。
自分にそんなこと言われても、とセイリアは思ったが、実際はセイリアだからこそシェーンは愚痴の相手にするのだった。
「……僕はまだ父上の臣下の立場だから、命令は聞くつもりだけど。そもそも父上はどうして母上を娶ったりしたのやら。どうしても好きだったってだけなら、結婚はしないべきなんだ。愛人にしておいた方がよっぽど安全な立場だよ」
「そ、そういうものなの……?」
自分は奥手のくせに、他人のこととなると、いともあっさりと愛人なんて単語を使った。自分自身のこと以外には器用なシェーンだ。
「それに、僕を太子にするなら、そのつもりで全部教えてくれなきゃ。特に母上のことは。僕自身のことを知っておくのは今後に必要なことだと思うのに」
シェーンはそこで言葉を区切り、一瞬口を真一文字に結んだ。
「だから聞いてやった」
それは、もしかするとセイリアが聞いてはいけないことのような気もしたが、シェーンは吐き捨てるように言ったのだった。
「ここまでいろいろ気に病む必要があるなら、なぜ僕を太子に選んだのですか、ってね」


「王子様がそんなに興奮するのは珍しいですねぇ」
「でしょ、でしょ?でもお母さんのためかと思ったら違うのよね。シェーンったら仕事の鬼だわ」
「実のお母さんなのに冷たいんですねぇ」
「冷たいというか、なんかすっごい客観的なのよね。まったく、お母さんが生きてるってだけでどんなにラッキーだと思ってんのかしら。大事にするべきよ」
「……だったら姉さん、僕や父様のことも大事にしてほしいんだけど」
「お父様とアースはいいのよ」
「……いいんですかお嬢様」
アースが抗議したものの、バッサリ斬られた。どこまでも不憫な父と弟だ。
「でも、悔しいけど確かにシェーンも一理あるのよね。陛下ってお茶目なところがあるけど、秘密主義な部分も多いし」
セイリアが呟くと、アースがふと何かを考えついたように言った。
「姉さん、ハーストン公爵に何か動きはあった?」
「ハーストン公爵?王兄さん?別に。なんで?」
「だって、陛下が側妃さまのことで何かを隠しているなら、一番知りたがりそうなのが公爵だろうなと思って」
「あ、そっか」
セイリアは考え込んだが、側妃の秘密に陛下の思惑、さらにハーストン公爵の狙いまで交ざると、考えれば考えるほどややこしくなりそうな気がしてやめた。
「あたしたちが謎解きしたってしょうがないかしら。そうそう、目下の問題は陛下のご出発よ。シェーン一人で王様業が勤まるかしら」
「そりゃ、各王子方が普段から臣下として補佐してるけど」
「……ランドル王子はともかく、カーティス王子は協力するかしら」
「しないわけにもいかないでしょう。サボったってそれはカーティス王子の責任であって、シェーン王子のせいにはできないよ」
「そうかもしれないけど」
セイリアはソファの上であぐらを組んだ。メアリーが早速哀願するような目で訴え始める。
「お嬢様ってば、お止めになってくださいといつも言っているではありませんか。せっかく今日はちゃんと着替えてくださったと思ったら……」
「メアリー、小言は後にしてよ」
「んまあ!あんまり生意気言うとソファから引っ剥がしますよ」
到底主人に対する口のきき方ではない。
メアリーが本気なのを感じ取り、セイリアは慌てて組んだ足をほどいて、床に降ろした。
履き慣れない女の靴の先っぽを見つめながら、セイリアは呟いた。
「……気にしすぎなのかもしれないけど、どうもね、不安で嫌な予感がするのよね、シェーンが留守番なんて」


*************


「カレン?」
側妃は呼ばれた声に振り返る。
「ロドニー……明日、出発よね」
「そうなんだ。しばらく会えない。大丈夫、君の息子が守ってくれるさ」
側妃は軽く王を睨んだ。
「全部シェーンに背負わせてしまうおつもり?」
「何を言う。国を離れた戦場に出てしまっては王の地位など飾りではないか。そんな場所に赴く私の心情は察してくれぬのかね?」
「わたくしはギルダほど支える立場に適していませんの」
王は言われて、苦笑した。悲しそうな笑みだった。
「……ギルダなら何と言っただろうな」
「……そうですわね、ただ一言、お気をつけて、とおっしゃるでしょうね。手作りのお守りでも、ついでにあなたの懐に忍ばせるのでしょう」
言うと側妃も俯いた。
今はもう、ここにいない人。その存在がひどく懐かしくて涙が出そうだ。そして、いつものように申し訳なさでいっぱいになる。
「……いってらっしゃいませ、ロドニー」
側妃はそう呟いた。
王も頷き、窓辺に飾られた白い花を一輪手に取る。
「……行く前に、ギルダにも見送られて来よう」
「……では、わたくしの分も」
側妃はもう一輪の花を国王に渡した。
「あなたの賭けは、どんどん難しい展開になりそうですわね。失敗したらそれこそギルダに顔向けできませんわよ」
国王は少し笑い、そうだな、と呟いた。
「憎まれ役ならいくらでもなってやろう」
「だからといって他人まで不幸にしないでくださいね」
「しないさ、民は」
「……どうしようもない人」
側妃は咎める視線を交えた笑みを浮かべ、そっと膝を折った。
国王の手を取り、その指輪に口付けをする。
「……太陽と森の力添え、そして水と風の加護がありますように」
国王は一つ頷いて、部屋を後にした。



風がひどく寒かった。
賭けか、と妻の言葉を思い出して少し眉をひそめる。
三番目の息子の安全に少しばかり不安が過ぎったが、それも含めて彼に賭けてみようと考えていた。
それに彼のそばにはあの少女がついている。
豪快な笑い声とそれに似合う眩しい笑顔を思い出して、国王はなんとなく、きっとシェーンは大丈夫だろう、と思った。

廊下を侍従を従えて歩いていた時、懐に何か入っているのに気付いた。
手作りのお守りだった。
国王は微笑み、それを大事に懐にしまい直した。




最終改訂 2008.01.09