Visiting Captain's Home 
大尉宅訪問

 

 出発式はそこそこ荘厳な式典になった。戦争をしに行くわけではないのだから、それ相応といったところだ。
 セイリアは式典の間中、国王代理の護衛として、ハウエル大尉と共に結構目立つ場所にいた。あたしったら偉くなったなぁ、なんて他愛もないことを考えたが、抑えていても臣下の列から流れて来る緊張した空気に、闘いはこれからなのだと認識せずにはいられなかった。

 それからは当然のように、シェーンは忙しくなった。セイリアも勤務時間が延びた。領地が王都から近いので通勤に時間がかからないというのが幸いだが、帰り着くのは夜遅くになるようになった。ルウェリンはまだ小さいから、もうすこし早く帰しているが。
「あんたはよくもつわね、体力」
 セイリアが言えばシェーンは相変わらずのものすごいスピードで書類にサインをしながら答えた。
「慣れだよ」
「その体力があれば武芸だってちゃんとできるはずなのになぁ」
「元から才能がないんだ、諦めてくれ」
「諦めなんて言葉を軽々しく言っちゃいけません」
「じゃあ心の中で諦めておくよ」
「同じでしょ!」
「それなら、諦めが肝心って言葉を君は知っているかい? まあ、知らなかったらそれこそ非常識だな。どっちにしろ君は元から非常識だけど」
「うっわー仕事しながら皮肉るなんて、あいかわらずむかつくー」
「仕事してる所に皮肉られるような言葉をかけてくるのは君だよ」
「黙って流してりゃいいじゃないの」
「…………」
「あれ、シェーン?」
「…………」
「流してる?」
「…………」
「そ、そう、静かでいいね」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ごめんなさい皮肉でもなんでも言ってください」
「素直でよろしい」
 日常風景に、ルウェリンは隣りでにこにこ笑っていた。

 つまりは、忙しいことを除けばまあまあ平和だった。恐れていたハーストン公爵の動きもなく、これならちょっと戦争が長引いてももつだろう、とセイリアは安堵していた。
 安心したので、一度大尉の所にアースと二人で遊びに行った。なんかシェーンに言ったら全力で止められるか理由をつけてついて来そうな気がしたので、彼には一応黙っておいた。
「……アースも呼んだのだったかな?」
 玄関先で苦笑され、アースは悲愴かつ申し訳無さそうな顔をした。当然、呼ばれていない。セイリアが引っ張って来たのだ。
「一応、女ですから。男所帯に踏み込むのに用心棒をと思いまして」
 セイリアが説明すると、ハウエルはさらに苦い笑みになった。
「私はそんなに信用がないのかい?」
「……だって前にバルコニーでちょっと危なかったですし。アースを連れてくればシェーンにも言い訳立つかなあって」
「うちにはレナードもいるだろう」
「レンは却下。大尉の言うことなら黙々と遵守しそうだもの」
 大尉は否定できず、二人を招き入れるとお茶の用意をしに行った。ちなみに今日は久々の休みだ。シェーンは疲れが溜まっているから今日は一日ゆっくりのんびり過ごすと言っていた。
 待っている間にレナードが二階から下りて来た。
「……こんにちは」
「あ、こんにちは、レン。お邪魔してるわ」
「……女装なんですね」
「この子と一緒だからねー。顔見知りに会った時のことを考えて、ね」
 レナードは頷き、キッチンの大尉に向かって声をかけた。
「大尉、俺がやります」
「あ、そうかい? じゃあ頼むよ」
 レナードと入れ替わって、大尉が出て来た。少し心配そうにキッチンの方を見て言う。
「……少し味がおかしくても気にしないでくれ。レナードはお茶をいれるのが苦手なんだ」
「は、はあ。そうなんだ」
「自分でも自覚しているらしいんだが、従者がいるのに主人にいれてもらうのは恐縮だって言ってきかないんでね。まあ、訓練だと思って任せているんだが」
「大丈夫ですよ。たかがお茶、ちょっとおかしな味でも分かりませんから」
「……姉さんはそういうのに無頓着だからね」
「何よ」
「何も」
 ハウエルは笑った。
「相変わらずのお二人だ。アース、そんなに緊張しないでくれ。お姉さんには手を出さないし、君に何かするつもりもないよ」
「……あの、いえ……」
 アースは相変わらずだった。セイリアとだけは普通に話すが、相手が違うと「あの」とか「えっと」とか「いえ」等しか話さない。セイリアはだめだこいつ、と密かに溜め息をついた。
「あんまりそうしてると、対人恐怖症が治るまでここに置き去りにするわよ」
「ね、姉さん……」
 アースは慌てふためき、小声でぼそりと呟いた。
「王子様も大尉も、どうしてこんなのがいいんですか……」
「こんなのって何よ!」
 大尉は笑い声を立てた。相手を笑わせることができたことに、アースはすこしほっとしたような表情をした。
「なんだろうなぁ、気が強い所もいいけど、やっぱり元気さだろうね。セイリアがいると明るくなれるから」
「そう……ですか……」
「何よアースったら。それじゃあ、あんたの女の子の好みってどういう子なの?」
「え……」
 アースは赤くなり、じっと自分を見つめているセイリアとハウエルの顔を交互に見て、言わなければならないようだと判断した。
「えっと……おとなしくて控えめで、そっと支えてくれるような……」
「それ、あんたじゃない?」
「なんで!」
「じゃあレンとか」
 ちょうどお茶を持って入って来たレナードが足を止めた。
「……俺が何か?」
「姉さんひどい!」
 アースが叫び、大尉はたまりかねたようにぷっと吹き出し、さっきよりも大きく笑った。

 そして一同はレナードのいれたお茶をいただくことにした。ついでにビスケットもいただいた。
「家はとっても質素で庶民的なのに、ビスケットが出てくるあたり、やっぱり貴族の子息の家よねぇ」
 セイリアはそう言いながらビスケットをかじり、お茶に手をつけた。アースもカップを手に運ぶ。レナードがじっと二人を見ていた。その視線にセイリアは気づき、苦笑する。
「お茶くらいでそんなに緊張しないでよ。おいしいわよ?」
「……本当ですか」
「本当本当。ねぇ、アース?」
「んぐふっ、んん、悪くないよ」
 セイリアに背中を叩かれたアースは咳き込みそうになりながら答えた。レナードはほっとしたように緊張をゆるめた。ほんのわずかな表情の変化だが、割と素直だ。
「……よかった」
「うん、腕を少し上げたね、レナード」
 大尉も言ったが、わずかに苦笑混じりなところをみると、やはり少しは味がおかしいらしい。
「誰かに教えてもらったのかい?」
「セレスティアに……」
「おや、セレス嬢と行き来していると思ったらお茶の教室をしていたのか」
 レナードは俯いた。
「俺の覚えが悪いので、セレスティアは困っているようです」
 困るのはむしろ、教えている最中に一言も発さないからなのではないかとセイリアは思ったが、口に出すのはやめておいた。
「でも、よかった、セレスと行き来してるのね。それはいい進歩だわ」
「……そうですか」
「そうよ。その調子で頑張りなさいな」
「……はい」
 相変わらず否定もせずに素直に頷く。次は自主性を養ってやらなければな、とお節介なことを考え、セイリアはハウエルを見つめた。

「大尉、戦場の方はどうなんですか?」
 大尉は首を傾げた。
「陛下が現地に着いたのはつい昨日だという連絡だよ。まだ中枢部から連絡はきていない」
「来なくたって大尉が自分からもらいに行くんじゃないの? だって大尉はいつだって最新の情報を知っていたじゃないの。それだけの情報網と人脈があるんでしょ?」
 大尉は目を丸くし、そして苦笑した。
「……やられたなぁ、君に目をつけられていたなんてね。情報を流して欲しいというわけか」
「だってシェーンがくれる情報は偏りがあり過ぎて」
「そうなのかい?」
「そうなんです。あ、詳しくは言えないわよ。あたしもこれでもあの子を守る護衛ですから」
 ハウエルは笑い、言った。
「やっぱり君は素敵な子だ。本当に、試合の後ですぐに部下に引き抜けばよかったなあ。そしたら君もシェーン王子より私が好きになっていたかもしれないのに」
 セイリアは飲みかけのお茶を噴きそうになった。さらっと口説かれるのは慣れたことではない。同じく、アースとレナードも固まっていた。
「た、大尉ダメですよ姉さんたちの妨害したら許しませんからね」
 アースがどもりながらも抗議すると、ハウエルは声を立てて笑った。
「君もお姉さんのこととなると必死なんだね。そんなに話しかけてくれるなんて。……大丈夫、これくらいじゃ君のお姉さんはなびかないよ」
 アースはそれで自分が普通にしゃべっていたのに気づき、対人恐怖症がぶり返したのか、頬を染め、双子の姉を見上げた。セイリアは途方に暮れて双子の弟の瞳を見つめ返すしかなかった。とりあえず、話題を変えようと、というより戻そうと試みた。
「そ、それで、戦局は……」
「ああ、それなんだが、やはりというか、国境を通る際に森でひと騒ぎあったらしいね。例のごとく、少数民族と」
「また?」
「いつものことだよ」
「……おいおい」
「とりあえず無事に物資は届けたらしいよ。あとは運送ルートを確保して警備をつけて、戦場になった場所の地元民とか、避難民キャンプにも物資の支援を開始するらしい」
「……仕事が多いのね、意外に。単なる物資支援しかしてないのに」
「その 物資が大事なんじゃないか。 武器や食料の補給が途絶えたら負け戦決定だからね」
「まあ、そうかもしれないけど」
 セイリアは言い、お茶を飲み干してレナードにお代わりを頼んだ。レナードは一瞬目を瞬き、それは嬉しそうに、無言かつ無表情で台所へ消えた。ハウエル大尉は苦笑していた。
「……君が鈍いのは恋愛だけじゃなかったのか。味は変じゃなかったのかい?」
「好き嫌いはいけないのよ大尉」
「……お茶は好きなんだけどね」
 ハウエルは飲みかけのカップを脇の小机に置いた。
「とりあえず、物資支援は順調だ。何もなければ2カ月ぐらいで陛下も帰って来れるだろう」
「戦争そのものは長引きそう?」
「さあ、どうかな。その判断をするには少し情報不足だ。あまりに不確定要素が多いんだよ。……最たるのが、そうだね、ハーストン公爵が国外で何やら画策しているらしいということかな」
 わずかに緊張をはらんだその声に、セイリアは顔を上げた。
「……国外で?」
 国の外に、玉座以外で何か興味を引かれるものでもあったのだろうか。
「ついでにいえば、君に教えておくけど、カーティス王子が君に興味をもっているようだよ、アース」
「は……ぼ、僕ですか?」
 急に名前を出されて、少し怪訝な顔をしながらカップの中身を観察していたアースは驚いたように顔を上げた。やっぱりレナードのお茶はどこかおかしいらしい。
「正確に言えば」
 ハウエルは苦笑いしながら言った。
「ヴェルハント子爵家のご令嬢、に興味があるみたいなんだけれどね。セイリアが仕事に出ていればそれは必然的に君を指すことになるから、気をつけた方がいいよ」
 アースは不安そうにセイリアを見て、セイリアもアースに向かって肩をすくめて見せた。

 戻って来たレナードに差し出されたお茶をすすり、セイリアは思ったより世界は平和ではないみたいだ、と考えた。




最終改訂 2008.01.27