A Wedding 
結婚式

 

「ようこそいらっしゃいました」
 アリアンロードはセイリアたちを見つけると、そう言って頭を下げた。
「ヴェルハント子爵、アース殿、セイリアさん。兄の結婚式に来ていただき、誠にありがとう存じます」
「お招きありがとうございます、アリアンロード・キンバリー嬢」
 父が言い、三人出揃って頭を下げた。アリアンロードも会釈を返す。
「ご来賓の方はあちらです。……私はお客様の応対がございますので、また後程」
「はい」
 性格は不思議ちゃんではあるが、とてもしっかりした応対だった。常識はきちんと兼ね備えているようである。
「なんだ、シェーン王子の誕生会では変わった子だと思っていたが、結構いい子じゃないか」
 父がそう言った。

 来賓の面々はさほど豪華というわけではなく、可も不可もなくと言った感じだ。どうりでヴェルハント子爵家が招かれるわけだ。とはいっても、セレスとアマリリス、大尉の姿もあったから、いくつかのそれなりに大きな家からの客もいたことはいたのだが。
 そしてセイリアは来たことを少し後悔し始めていた。なにせ結婚式、厳粛に座って黙っているものなのだ。しかも、せっかく知り合いが同じ会場にいるというのに話ができない。退屈に襲われ、セイリアは完全に機嫌が降下して、とてもお祝いの席には似合わない顔になっていた。
「姉さん、顔、顔。もうちょっと普通に」
「……退屈なんだもの」
「よ、よく見ておいた方がいいんじゃないの? ほら、将来のために」
「うーん……」
 セイリアは少しだけ、だらけた姿勢を直した。
「将来ねぇ」
 いずれ嫁に行くという実感は全くなかったが、やはり少しは憧れがあるものだった。憧れはあるが、自分が当事者になることに対しての憧れであって、すなわちその憧れはちっとも退屈を緩和してはくれないのだが。
 壇上ではまだ神父が延々と口上を述べていて、新郎と新婦はひたすら立ったままでそれを聞いていた。なんとも忍耐力があるものだ。それとも、当事者になれば退屈だとは思わないのだろうか、とセイリアは考えた。
 退屈すぎて眠気にすら襲われそうになった時になってやっと、指輪の交換と誓いの接吻が交わされた。
 セイリアは民間の結婚式をみたことがあるから、余計につまんないなぁと思っていた。民間では、新郎新婦がキスをした際にはみんなで立ち上がって拍手を送り、騒々しいくらいに爆竹を鳴らしたり口笛を吹いたりするものなのだが。そのあとは陽気な踊りだ。新郎も新婦も、とにかく誰彼かまわず踊りまくる。
 一方、この貴族の結婚式では踊りはなかった。一応はごちそうが出て語らいの場が提供されることだけが救いだったが。

「楽しんでいますか」
 だからアリアンロードがそう聞いて来た時は返事に詰まった。
「ま、まあね。家族の人は大変ね。接待に駆り出されてしまって」
「……いえ。接待自体は嫌いではありませんので」
「あ、そうなの?」
 アリアンロードはこくんと頷いた。
「色々な人が観察できて、興味深いのです」
「…………」
 趣味は人間観察なのか。どうりで観察力が鋭いわけだ。
「今日結婚したのって、アリアンロードさんの二番目のお兄さん?」
 セイリアが聞くと彼女は頷いた。
「だから規模の小さな式なのです。兄は学者になるつもりのようですから」
 それからアリアンロードはセイリアを見上げた。
「どうぞアリアン、と」
「はい?」
「私を呼ぶ時」
「あ、うん、じゃあお言葉に甘えて、アリアン」
「アース殿も」
「うえっ!? あ、はい、じゃあ、アリアン……」
 相変わらずアースは話を振られると妙に緊張するようだ。

 アリアンロードは新郎新婦の方を見て、呟いた。
「義姉には今日初めて会ったのです」
「そうなの?」
「……商家の方だそうです」
「へえ?」
 セイリアは少し興味を引かれた。
「結婚って、貴族同士じゃなくても良いんだ」
 アリアンロードは首を傾げた。
「ご存じでなかったのですか」
「うん、ごめん、あたし貴族の事情に疎いのよ」
「……そうですか」

 二人を見ていたアースは何かに感心したようにへえ、と呟いた。
「何よ」
 セイリアが聞くとアースが囁いてきた。
「姉さんを見てたら、なんとなく、アリアンロードさんとのコミュニケーションの仕方が分かった気がする。姉さん、すごいね。脈絡ない会話にもちゃんとついていってる」
「そう?」
「そうだよ。……問題点が分かった。僕は気を遣い過ぎて神経質になっちゃうんだ。考え過ぎちゃいけないんだね」
 そう言って、にこりと笑みを見せたアースは、セイリアが驚いたことに、自らアリアンロードに話しかけた。
「アリアン、お義姉さんはどちらの商家の方なんですか?」
「ハートウィック」
「ああ、クロイツェルとの交易で有名な、あの」
「はい。……長女さんです」
「なるほど。これでクロイツェルとつながりができたわけですね」
 こくん、とアリアンロードは頷いた。
「でも、ちゃんと好きだと言っていました」
「お兄さんが、お嫁さんを?」
「はい」
 おお、ちゃんと会話が成立している。セイリアはちょっと感動した。しかも趣味以外の話題で、その上手紙ではなく面と面向かった会話で。大進歩だ。

 ちょうどその時、セレスが歩み寄って来た。
「アリアンロードさん、お兄様のご結婚、心よりお祝い申し上げますわ」
 アリアンロードは頷き、言った。
「ありがとうぞんじます」
「ヴェルハント子爵、アース殿、セイリアさん、お会いできて光栄ですわ」
 嬉しそうに笑う笑顔は、それはもう雪を溶かしそうなほど眩しかった。こっちまでにっこりしてしまう。
「あたしたちも嬉しいわ。えーと、レンは来てないの?」
「お兄様は、こういうお呼ばれの席にはほとんど顔を出しませんの」
 セレスは少し表情を曇らせた。
「わたくし、お父様と話してみようと思いますの。いくら養子とは言え、お兄様はわが公爵家唯一の跡取りですもの、こんな扱いあんまりですわ」
「……最近、よくお兄様を気遣うのですね」
 言ったのはアリアンロードだった。真意のつかみにくい、どこかぼんやりした視線でセレスを見つめている。セレスは微笑んだ。
「本当を言いますと、今まであまりお兄様のことは気にしていませんでしたの。お兄様が好きで家から遠ざかっているのだと思い込んでいて……実際会って、そうでないことが分かりましたわ」
「……好きでしている訳ではないと?」
「ええと、好きでしているのかそうでないのか、はっきりとした判断はできませんけれど……」
 セイリアは苦笑した。
「あの人自主性ないものね」
「そうなのです。お父様が右と言えばどんなに明らかに間違った道でも右へ行ってしまわれる方なのですもの。でも、わたくしはお兄様に家にいていただきたいの」
 健気だ。こんなふうに悩んでいるのを見れば、誰だって手を差し伸べたくなるに違いない。
「でも、あの公爵様じゃ……」
 セイリアが呟くと、セレスはため息をついた。
「お父様は頑固ですものね……お兄様の血筋に大層ご不満ですし。せめてお兄様が陛下のお目にとまれば、お父様もお兄様を見直してくれると思うのですけれど」
「今留守じゃない」
「そうですわね……」
「その陛下なのですけれど」
 アリアンロードが口を挟んだ。
「奇襲に巻き込まれたというのは本当なのですか」
 どうやらアースに聞いているらしい。アースは戸惑ってセイリアを見、セイリアは視線で、そうだ、と伝えた。しまったこの事はまだアースに言ってなかったんだっけ。
「でもシェーン……王子、は、大丈夫だろうって言ってたわよ。物資支援に来ただけの国の国王まではさすがに狙わないだろう、って。ね、アース?」
「え、あ、うん」
 あれ。恐怖症に逆戻りか?
「でも」
 アリアンロードが呟いた。
「捕まえて情報を脅し取るいい機会になりませんか」
 物騒なことをさらりと言った。
「……うーん、でも陛下には護衛がいるし」
「あの、こういう話題はお祝いの席にはよろしくないのでは」
 セレスが遠慮がちにそう言ったので、とりあえずその話題は打ち切りになった。

 遠くでは花嫁と花婿が寄り添いながら、初々しい夫婦のらしく、気恥ずかしそうながら幸せそうに微笑んで、客人のもてなしをしていた。
「ねえアース」
「うん?」
「アリアンの家って伯爵家でしょう。将来のノースロップ伯爵。そんな家と商家が結婚できるなら、子爵と王家でも大丈夫なのかなぁ」
「姉さん……普通の貴族と王族を同列に考えちゃだめだよ」
「王族ってそんなに特別?」
「当たり前でしょう」
 むぅー、とセイリアは唇をとがらせた。
「まったく、なんでシェーンが太子なんだろ」
 呟いてみて、ふとシェーンの言葉を思い出した。
 ――なぜ僕を太子に据えたのですか、ってね。
 シェーンが国王に聞いたという質問だ。なぜかと問われればもちろん、一番才能がありそうだったからという理由になるのだろうが、実力だけではやっていけないというのが王様業らしい。シェーンは頑張って実力で何とかしようとしているが。
「身分って本当に厄介……」
 セイリアは呟き、溜め息をついた。地位とか身分なんてなければ、世の中どれだけ平和になることか。まあ、地位や身分があるから頑張れる人だっていっぱいいるのだろうが。

「決めたっ」
 突然のセイリアの呟きに、アースが振り向いた。
「何を?」
「今度、カーティス王子に会ってくる」
「は!?」
 アースは慌てた。
「姉さん、正気?無茶だよ」
「だって防戦一方なんてあたしらしくないわ。武芸でもね、守りに徹していたら勝てるわけがないの。こうなったらこっちから一突きお見舞いするのよ!」
「ねねね姉さん、こういうのは武芸とは違うんだよ!」
「そんなに心配ならあんたも来れば?」
「嫌だよ、女装なんて!」
「じゃあお黙りなさい」
 せっかくのアースの心配はばっさり切り捨てられた。アースは溜め息をつき、やれやれと呟いた。
「……まあ、こういうのが姉さんなんだろうけど。カーティス王子が姉さんの直接的なやり方に引っかかってくれるのを祈るばかりだね」
「カーティス殿下が何か」
 ぽつり、と呟くような声がして、双子で揃って飛び上がった。とりあえず背後からいきなり出現するのはやめて欲しい。
「アリアン! 脅かさないでよ!」
「……すみません」
 あいかわらずぼんやりした表情で頭を下げ、アリアンロードは二人を見つめた。
「カーティス殿下がお二方に興味を持っているのですか」
 セイリアとアースは顔を見合わせ、アースがまずしゃべった。驚いたことに。
「そうなんです。この前も手紙が来たりと、なんだか探られているみたいで」
「アース」
 驚いたセイリアがこっそり囁いた。
「よくしゃべる気になったわね」
「しょうがないじゃないか、姉さんの『アース』のおかげで活発なイメージが付いてるんだから」
 アースが囁き返す。そしてアースはアリアンロードに聞いた。
「あの、それが何か」
「……いえ」
 彼女は小さく首を振る。アースが何か思いついたように聞いた。
「そうだ、アリアン、あなたカーティス王子はどんな人だと思いますか?」
 アリアンは一瞬、変なことを聞く、と思ったらしいが答えてくれた。
「単純。……根は真面目。でも短気」
 非常に分かりやすい答えだ。
「なんか弱点とかありそう?」
「……誉められること?」
「ありがとう」
 アースはニッとセイリアに笑いかけた。セイリアはアースをその場で抱きしめたくなった。賢い弟は持っとくものだ。これでことが有利に運べるだろう。
 そして、アリアンロードは最後にぽつんと言い、また新郎新婦の元へ去っていった。
「ご健闘をお祈りいたします」

 去っていく背中を見つめ、アースが呟いた。
「……なんかアリアン、僕か姉さんがカーティス王子に喧嘩をふっかけに行くのを知ってるような口ぶりだね」
「……恐ろしい子だわ」
 セイリアも呆然としながら呟いた。
 何はともあれ、あとは実行あるのみだ。




最終改訂 2008.03.30