A Day Off 
休日

 

 シェーンが約束通り遊びにきた。なんというか、約束はしっかり守るよなぁとセイリアは思う。本当は忙しくて体が二つあった方が良いのではないかと思うくらいのはずなのに。もちろん、そんな忙しいシェーンだから丸一日遊びに来るという訳にはいかず、午後の政務が終わった後の半日だけ、ということになったのだが。
 メアリーはめちゃくちゃに張り切っていた。このままでは自分でセイリアのためのドレスをデザインして仕立てかねない勢いだ。実際型紙を満ち出そうとしたため、セイリアが必死に止めたのだが。
 アースも、いちいちかつらを被ったり女装したり、対人恐怖症のぶり返しを心配しなくて済む相手なのでほっとしているようだ。でも最近は改善してきてるじゃないの、と言ったら知ってる人限定ならね、と返事されたが。つまり次は初対面の人とでも臆せず話せるようになればパーフェクトという訳だ。
「でも姉さん、荒療治はもうやめてね」
 ぼそっと釘を刺された。くそう、姉のことをよく分かっていらっしゃる。

 その日は仕事帰りに一緒にシェーンを連れて行くという形になった。相変わらず、セイリアがサポートする形での二人乗り。いつかまっとうな男女での相乗りのし方ができるのかなぁ、と遠い夢を見たりしたが、それが現実になるには相当かかりそうだ。空き時間での鍛練は続けているのだが、それもシェーンの忙しさゆえに最近なかなかできていない。ルウェリンは元から才能があるので少しずつ腕をあげているのだが、シェーンはというと怪しかった。そういうこともあって今回の自由時間にはちょっと期待していたのだが。
「いくら時間ができたからって、今日くらいは勘弁してね」
 馬の上でシェーンに釘を刺された。
「僕は訓練をしに君のところへ行くんじゃないんだ。これ以上体力消耗させないでね」
「…………」
 くそう、どいつもこいつも自分のことをよく分かっていらっしゃる。

 屋敷について馬丁に馬を預け、セイリアはシェーンと一緒に屋敷に入った。
「いらっしゃいませ、シェーン王子。お帰り、姉さん」
 アースが玄関まで迎えにきてくれた。メアリーもにこにこといかにも楽しそうに笑いながらやってくる。
「外套をお預かり致しますわ。さあさ、お嬢様はこちらへ」
「な、なによメアリー、あたしシェーンが帰る時は送ってかなきゃいけないのよ、着替えなんて必要ないでしょーっ!!」
「何をおっしゃいます、けじめはつけていただきませんと!!」
「面倒臭いーっ!!」
「世間のお嬢様は一日に3回は着替えていらっしゃいます!!」
「そこらのお嬢様と同列に考えたら向こうに失礼でしょーっ!!」
「うちのお嬢様が負けてなんていられませんー!!」
 結局侍女の勝ちのようだ。シェーンとアースは連行されるセイリアを見送り、お互いに顔を会わせて肩をすくめた。
「先に客間に行きましょうか、王子様」
「そうだね」


 セイリアがなんとか奮闘して勝ち取ったフリルの少ないドレスを着て登場した時には、シェーンとアースはソファでくつろいでお茶を飲んでいた。セイリアも暖炉の火にあたって暖まりながら、ふと思い出した。
「アース、それやっぱり、おいしい?」
「へ? うん、おいしいよ。……ああ、レナード殿のはちょっとアレだからね」
「レナードの? 何の話?」
 シェーンがきょとんとしているのでセイリアは大尉のうちでお茶をごちそうになった話をした。シェーンの表情に不機嫌が混じったのを見てやっとしまったと気づいた。
「ふうん。それ、いつ?」
「あー……いやー、まあちょっと前。最近」
 シェーンは溜め息をついた。
「まあ、アースも一緒だったならまだ良いけどね。で、レナードのお茶はまずいってこと?」
「あたしは全然わかんないんだけど」
「うん、君には聞いてない」
「何よそれっ。騎士は毒の味が分かればそれで十分なのよっ」
「はいはい分かったよ」
「何よその反応は。あんたが挑発するからいけないんでしょ」
 するとシェーンがくすりと笑った。
「それだけ反応が面白ければ、からかいたくもなるさ」
 ……う。今の表情はちょっと反則だと思う。アースがにへらーっとした微笑みと生暖かい目でこちらを見つめていたので、セイリアは恥ずかしさで我慢できなくなった。
「その顔やめなさい!!」

 結局、しばらくお茶を飲みながら談笑した後はカードゲームに興じた。頭脳戦ではなく運任せのゲームだとセイリアはめっぽう強かった。そしてアースはめっぽう弱かった。
「人相が出てるよね」
 シェーンがカードを切りながらアースが落ち込むようなことを言った。
 一方で、当たり前だが、心理戦になるとシェーンがとんでもなく強かった。賭博場にでもポーカーをしに行ったら、相手から有り金を全部巻き上げられるのではないだろうかと思うくらいだ。記憶力が物を言う神経衰弱ではアースとシェーンがいい勝負だったが。そしてセイリアはゲームの名の通り、すっかり神経を衰弱させてしまったが。
「あたし小さい頃ね、カードゲームが貴族の遊びだって知らなくて、城下の友達のところにカードを持っていったことがあるのよね」
 セイリアはゲームをしながらしゃべった。
「皆がそんなゲーム知らないっていうからびっくりしちゃった。それで、あたしが皆に教えてあげたの。ヴェルハントの城下は国でも唯一庶民がカードゲームをやっている場所なんじゃないかしら」
「君らしいね。貴族の文化を庶民に持ち込んで、庶民の文化も貴族に持ち込むなんて」
 シェーンが苦笑しながら言った。カードを一気に3枚も出してきた。う、とアースとセイリアが同時に詰まった。
「庶民の遊びはいくつか知ってるけど、やったことはないな」
「じゃあいつかやる? このゲームが終わったらでも良いわよ」
 自分のカードとにらめっこしながらセイリアが言う。
「うーん……遠慮しておくよ」
「どうして?」
「自分の都合の良いルールを勝手に付け加えられたらいやだ。チェスでも負けそうになる度に待ったをかけるセイリアだからね」
「何よっ。あたしはそこまでずるくありませんっ」
「まあ、そうだね。ずるくなれるほど物を考えてないからね」
「っかーっ、相変わらずむかつく。……何よアース、ニヤニヤしちゃって」
「いやあ」
 アースは目を細めて言った。
「王子様と姉さんはやっぱりこうでないとなぁ、と思って。口喧嘩の状態が常っていうカップルも珍しいけどさ」
 セイリアは頬を染めた。
「その顔やめなさい!」

 結局やっぱりというか、ゲームに一番勝つ回数が多かったのはシェーンだった。アースは頭がいいが運がついていかないのでセイリアと同等ぐらいだった。妙なところで双子である。
 ゲームの後は暖炉の火にあたりながらメアリーが持って来た紅茶を飲み、3人でまったりした。セイリアがメアリーもおいでよ、と声をかけたのでメアリーもソファの後ろに控えた。さすがに侍女が主人と並んで座るわけにはいかない。
「やっぱりメアリーのお茶がおいしいや」
 アースはそう満足そうに言った。
「これはヌーヴェルバーグ産かな?」
 シェーンが言うと、メアリーが嬉しそうに頷いた。
「その通りでございます。お砂糖なしでも自然の甘みがよく効いていますでしょう?」
「そうかなぁ」
 セイリアはよく分からなくて首を傾げた。すかさずシェーンが減らず口を叩く。既に条件反射になっているようだ。
「君には分からないだろうね。この香りもこくも」
「……シェーンに言われると腹が立つわ」
「そりゃまた何とも失敬なことを言うね。国王代理に向かって」
「あたしだって国王代理の護衛よ。身分差は大して変化してませんっ」
「護衛は護衛だけど、ただの王子と国王じゃ大きな違いがあるんだよ。まあ、これも君は知らないんだろうねぇ」
「っかーっ、癪に障る! ふんだ、分からなくたって良いわよ。大体ね、何でもおいしく食べられるのって幸せなのよ。お高くとまったあんたたちがこれ嫌ーいこれまずいーいなんて言ってる間に、あたしはおいしいと思えるものをたらふく食べられるんだから」
「でもおいしさの程度は分からないわけだ。損だね、食の楽しみ方を知らないなんて」
「しっ、知らなくてもいいもん」
「開き直ったね。僕の勝ちだ」
「……ま、負けたっていいもん」
「護衛としてあるまじき発言」
「口喧嘩で負けても武芸では勝つからいいの!」
 そこまで言って、はっとしてセイリアが見ると、アースとメアリーがそろって「その顔」をしていた。
「こらー!」
 上の階で書類整理をしている父は、きっと今日は賑やかだなぁと思ったことだろう。

 夕食もシェーンは食べて行くことになった。言われるだろうと思ったが、やっぱり「腹減ったー」発言を持ち出され、セイリアはからかわれた。しかもシェーンは相変わらずマナーがへろへろなセイリアにみっちりとレッスンまでしてくれた。セイリア自身はなんとかシェーンの気をマナーレッスンから逸らそうと試みたのだが、相手がアースの時のようにはいかず、結局一通りマスターしてしまった。セイリアが武芸の稽古の時に厳しい分、シェーンもマナーレッスンには厳しかった。仕返しされたということか。
「すごいなぁ」
 アースがすっかり感心して言った。
「あの姉さんにマナーをたたき込んじゃったよ……」
「相性がよろしいんですよ」
 メアリーがにこにこしながら言う。
「それに、やっぱりお嬢様は素質がおありなんですわ。王子様のご意志は私が継がせていただきますよ! これからはマナーのほうもこのメアリーがみっちりと!」
 それを聞いたセイリアは思わずフォークを取り落とした。なんて事をしてくれたんだ、シェーン。
「遠慮しておくっ!!」
 叫んだら、手厳しくシェーンからお叱りが飛んだ。
「食事中に叫ばない」
 父は王子に娘の教育をしてもらっていることにひどく恐縮していたが、なんだかほっとしたようで、しかも嬉しそうだった。

 結局振り返ってみれば、ゆったりのんびり過ごした一日となった。特に何もせずに、家で一緒にのんびりするのも結構楽しいものだ。
 夕食が終わってからも少しのんびりし、腹ごなしをしてから、セイリアはシェーンを王宮に送り帰すべく支度をした。一家総出でシェーンを玄関まで送り、また来てください、と言った。
「こんなに温かく歓迎されるってのは珍しいかもなぁ」
 出発直後、シェーンが馬上でそう呟いた。
「冷たい歓迎と熱烈な歓迎ならよくあるんだけどね」
「両極端なんだ」
「そう」
 また雪がふって来た。セイリアは少しの間馬を止めて、蹄鉄をチェックしてからまた走りだした。
「徹底的に僕を排除したがる人もいるし、まあ少数だけど熱烈に応援してくれる人もいることはいるんだよね」
「そうだったんだ。てっきり大部分からは白い目で見られてるのかと思ったわ」
「見られてるよ。だから、少数だって。増えてはきてるけど」
「そう。頑張ってね」
 シェーンは何も言わなかった。当然だ、ということなのだろう。

「今のところ、一番の障害はハーストン公爵?」
「だろう。そういえばね、公爵が密通している相手が分かった。ヌーヴェルバーグだったよ」
「ヌーヴェルバーグ?」
 セイリアは驚いて目を瞬いた。
「全部北の島国につながってたわけね。そりゃあ怪しい臭いがプンプンするわね」
「うん。深読みし過ぎて空ぶるのが怖い気もするけど、やっぱり怪しいと思う。……父上もまだ膠着状態で動けないらしいし」
 親の加護もなく一人で仕事をこなすのは大変なんだろう、と思う。セイリアは自分の前に座っているシェーンの後ろ姿に、そっと聞いてみた。
「……心細くない?」
「どうして?」
 返ってきたのはやっぱり、王子たる者の答えで。
「この程度でへたばってたら、国王なんてつとまらない」
「少しは弱音も吐きなさいよ、可愛くない」
 聞こえたかどうかは分からないが、セイリアはそう独り言のように呟いた。
 それから、一応報告しておく。
「そうだ、あたし、今度カーティス王子と話をつけに行ってくるから」
「はあ?」
「何よその反応。あたしは相手の攻撃をびくびく待っているのはいやなの。先手必勝よ」
「準備もなしに突っ込んで行くのが先手と言えるのか?」
「準備ならするわよ。用心のためにルーも連れていくつもりだし、カーティス王子はあまり護衛をつけないみたいだし」
「つけないのはそれなりの腕が本人にあるからだよ。あんまり見くびらない方がいい」
「誰に向かって言ってるの?」
 ふふん、とセイリアが胸を張ると、シェーンは黙り、溜め息をついた。セイリアが強いのは認めるけど、とぶつぶつ呟いている。
「……また心配の種がひとつ増えたな」
「あんたは自分のことだけ心配してなさい。大丈夫よ、スパイしに行くわけでも襲いに行くわけでもないんだから。これはちゃんとした話し合いなの。何も起こらないわ」

 王宮についたころには雪が本降りになっていて、セイリアはシェーンを部屋まで送ってから帰った。家に帰り着いたころには真夜中近くになっていて、メアリーも着替えろと口をうるさく言わず、騎士の制服を脱ぎ捨てたままベッドに倒れ込んだセイリアをそのまま寝かせておいてくれた。
 そして数日後、セイリアは宣言どおり、カーティス王子に会いに行った。結局、シェーンに豪語したにもかかわらず、いろいろ起こってしまったのだが。




最終改訂 2008.04.16