Stay His Side
側に

 

「なんかまずいの?」
「まずい」
 部屋に帰る途中、シェーンに聞いたらそう返事が返ってきた。
「あの人がやったこととシェーンには何の関係も無いじゃない」
「そういわけにはいかない。王位継承問題に派閥ができあがっている今、どこかの派閥に属してる人間が起こした問題は親玉の責任になる」
「親玉って……」
「さて、どう処理したものか」
 随分と張り詰めた笑みを、シェーンは浮かべた。
「言ったろう、僕の立場に対しては、意見が両極端なんだ、って」
「極端すぎるよ」
 シェーンのことが好きなセイリアでさえ、あそこまで傾倒しているわけじゃない。あれはどこか異常だった。異常だった、けれど。
「処罰するの?」
「しないわけにはいかないだろう。王子に刃物を向けたんだ」
「じゃあカーティス王子はどうなるの。あんたに何度も刃物向けてるんじゃん」
「第一王子だし、僕がこんなだから許されるんだよ」
「不公平ー」
「当然だ」
 シェーンはちらりとセイリアを見た。
「処罰してほしくないのか?」
「そういうわけじゃないけど」
 セイリアは言った。
「あの人、シェーンの味方なんでしょ。味方に手をかけなきゃいけないって、シェーン辛くないのかなぁって」
 シェーンは少し、意外そうな顔でセイリアを振り向いた。
「辛い?」
「え、全然辛くない?」
 処罰や邪魔者の駆除を、自分もすると言ってはいたシェーンだが、セイリアは彼がそれを平気でできるとは思えなかった。顔色一つ変えずに命令は出すのだろう。でも、内心の葛藤はあるだろうと踏んでいた。違うのだろうか。王子というのはそういうことにも冷徹にならなければいけないのだろうか。
 シェーンは少し考えるように黙った後、首を振った。
「少し、良心は痛むかな」
 セイリアはほっとした。よかった。自分の見る目は正しかったようだ。
「異常者でも、僕を支持してくれるのは嬉しいし。複雑だけどね」
「うん」
 セイリアは頷き、シェーンの横顔を見た。明らかに、すごく疲れている。若いのに心労多いもんねぇ、とぼんやり考え、今のところ心労トップクラスだろうことを聞いてみた。
「カーティス王子……どう出ると思う?」
 できればこれ以上シェーンの仕事が増えてほしくないのだが。まず、最近かまってもらえなくてつまらないのだ。
「今回のこと、利用すると思う?」
「するだろう、確実に」
 シェーンが溜め息をついた。
「兄上はしめたと思っているだろうな。まず間違いなく伯父上には話がいく。怖いのはあっちの方だ。父上の留守に乗じて、ってことになりかねない」
 セイリアは黙った。そうか、公爵の方がもっと問題だった。
「シェーン、今からどこに行こうとしてるの? これからどうするつもり?」
「今歩きながら考えてるとこ。とりあえずまずカーター先生のところに行ってレナードを見舞ってくる。ランドル兄上もそこにいるだろうし」
「……ねえ、ランドル王子は頼りにしていいの?」
 シェーンは苦笑した。
「やめておいたほうがいい。頼めば頼み事は聞いてくれるけど、どう考えてもモチベーションが低いから、死ぬ気で協力してくれるなんて期待しない方がいい」
「さいですか……つまり些細な事なら大丈夫?」
「まあ多分」
「あんたの兄弟ってホント複雑」
 しみじみ溜め息をつきながら呟いた。


 カーター先生のところに行くと、今度は追い返されなかった。既に手当をした後だったのが幸いだったのだろう。
 解毒処理をした後はたいてい寝込むものなのだが、レナードは起きていた。王子の前では失礼だからと、死んでも寝るまいとしているようだった。
「寝ておけば?」
 言ったらレナードは首を横に振った。
「いいえ」
「いつもは全然しないくせに、こういう時だけ自己主張するなんて厄介な人だね」
 言ったらレナードは少し俯いた。
「すみません」
「いや、べつに責めてるわけじゃないんだけど」
 つくづく損な性格だと思っただけだ。
 カーティス王子はまだ側にいた。部屋の隅でいつもの傍観態勢を取っている。少しレナードが気になるようだった。
「父には報告しないでいただけませんか」
 レナードがシェーンに言っている。珍しく、いつもより強い感情がその表情に見え隠れしていた。
「いいけど」
 シェーンが答える。
「公爵はそこまで神経質なのか? 王子の命を救ったなら誇るべきことだろう」
「いえ」
 レナードが呟いた。
「あまり父の心を煩わせたくありません。既に陛下の行方不明で忙しくしておりますので」
「君は」
 ランドル王子が口を開いた。
「養子だったね、オーディエン殿」
「はい」
 話しかけられたのが意外なように、レナードは目を瞬いた。
「今回の件でお父上から認められるかもしれないのに、いいのかい? なんなら私が口添えをしてあげよう」
「いえ」
 レナードは頑なだった。虚空の、諦めた瞳がまた覗いているのにセイリアは気が付いた。そしてふと、思った。あ、この二人、似ている。
 同じことにランドル王子は気付いたらしく、薄く笑っていた。
「君も“諦めた”クチなんだね」

 その時、大尉が入って来た。
「レナード! 大丈夫かい?」
「大尉」
 レナードが起き上がろうとしたので大尉がそれを押さえた。
「寝てなさい。まだ完全に毒が引いてないだろう」
「申し訳ありません、大尉」
「謝ることじゃない。よくやった」
 レナードは少し眉をひそめた。
「独断専行で行動に出ました」
 大尉は苦笑する。
「騎士として正しかったよ」
「そうだ、私はそのお陰で助かった」
 カーティス王子も口添えをし、レナードはようやく自責の念から解放された様子でおとなしくなった。

 病人の傷に障るという理由で、セイリアたちは少ししてから結局病室を追い出された。王子にも容赦ないからカーター先生はすごい。
 廊下に出ると、大尉が真っ先に声をかけてきた。
「君は大丈夫かい? ……髪がこんなに短くなってしまって残念だよ」
「ありがとう。でも平気です」
 セイリアは微笑んで見せた。
「私は私で、私らしくどんな問題でも蹴倒して進んで行くから。それよりレンをどうかお大事に。従者が欠けると大変じゃないですか?」
「大丈夫だよ。今までだっていなかったんだしね」
 大尉は言って、少し笑うと、今度はシェーンに向き直った。
「今回の件は……」
「どうしようもない。処罰するしかないだろう」
「グエンシー卿のご子息だそうですよ」
「知ってる」
 シェーンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「新年祝賀会で会った」
「今回の件で中立派がハーストン公爵側に傾きますね」
「だろうな。だから絶対に処罰しなければならない。足を引っ張られる要素を増やすわけにはいかないから」
「そうですか」
 大尉は複雑そうだった。
「陛下の消息は?」
「まだ何とも。多少は情報が入って来てるけど、信憑性が薄い噂ばかりだ」
 大尉がひくりと反応した。
「それはどんな噂ですか」
「少数民族の一派が」
 シェーンの瞳が海色に鋭く光った。
「オーカスト軍の周りにうろついていたという話だ」
「それは信憑性の薄い噂なのですか」
 なにやら意味深な会話に、セイリアとルウェリンは二人の後ろで顔を見合わせた。また少数民族か。だからシェーンはレナードに教えなかったのだろうか。複雑な気分にさせてはまずいということで。それとも、レナードを信用していないのだろうか。
「少なくとも、僕直属の情報収集者が直接見たわけじゃないから。現在吟味中」
「そうですか」
 大尉は考えるような表情だ。
「……殿下、やはり裏でハーストン公爵が動いているように思えるのですが」
「なら、未だ動きがないのが不気味だな。父上の行方が分からなくなった時点で動かないということは……」
 緊張をはらんだ笑みを、シェーンは浮かべた。王子の顔の、鋭い笑みだ。
「まだ何か、ひと波乱起きるのかな」
「あんた、大丈夫なの?」
 おもわずセイリアが口を挟む。
「やめてよ。私の護衛の地位も危なくなってるのに」
「もちろん先手を打てるように努力はするけど。失礼を承知でスパイも放った」
「は、放ったんだ」
「屋敷に入り込むとか、そこまでやるとこっちが危ないから、身辺だけだけど。ヌーヴェルバーグとなにかしらのやり取りをしているのは間違いない。きな臭いね」
「あなたの考えは?」
 大尉に聞かれると、シェーンはまず前置きをしてから言った。
「言っておくけど、他言無用だから。……父上をヌーヴェルバーグに誘ったのは、ほぼ間違いなく伯父上だ。証拠はまだつかんでないけど。ただ、父上の失踪は別のところで動いたことのような気がする。伯父上は――こうなることを予想して、あるいは期待して父上を誘い出した、といったところかな」
「え、でも公爵って援軍派遣に反対してたんじゃ」
 セイリアが目を丸くすると、シェーンはさらりと言った。
「表向きなんてどうにでもなる」
 とんでもない世界だ。
「では、あなたの次の一手は?」
 シェーンは苦笑した。
「ストレートに聞いて来たね、大尉。残念ながらまだ決まってない。様子見だ」
「しかし」
「次に何が起きるのか見極めないと、駒を進められない」
 大尉は少し考え、頷くと、分かりました、と返事をした。


 なんか、まずい。セイリアはそう直観的に考えていた。仕事が終わる時間になっても帰るに帰れない気分なのだ。
 シェーンは本当にいろいろと問題を抱えているようで、なのにこの上スキャンダルまで背負ってしまっている。自分は護衛解任の危機だ。先手を打とうと決め、セイリアはルウェリンを振り返った。
「ルー」
「はい」
「お願いがあるんだけど」
「はい」
「もし私が護衛を降ろされるようなことがあったら、頑張ってシェーンの次の護衛に選ばれてくれる?」
 ルウェリンは目を瞬いた。
「僕が……ですか?」
「うん。ルーが。ルーなら信頼できるから」
 セイリアはルウェリンが跳び上がって喜ぶものだと思っていたが、ルウェリンは考えるような顔をした。あれ?
「分かりました」
 ルウェリンが答えた。
「でも、だからといってどうか僕の従者の任まで解くとは、言わないでくれませんか」
 予想外の願いにセイリアは目を丸くし、思わずルウェリンを抱き締めたくなった。
「ありがとう! ルーって忠実!」
「だってアース殿はどうあっても僕の憧れで、目標ですから」
 ルウェリンはいつもの尊敬の念に満ちあふれた眼差しでセイリアを見上げた。セイリアは苦笑した。
「私を越えなきゃだめだよ、ルー」
「ええっ。……それじゃあ、アース殿も目標とする方を越えてきたのですか」
「んー、いや、私には目標にする人がいなかったから」
 セイリアはニヤリと笑った。
「未来の最強の私が、いつだって私の目標だからね」
 ほーっ、とルウェリンが感嘆のため息を漏らした。
「名言ですっ」
「そ、そうかな」
 照れる。
「とにかく、私に何かあったら、シェーンはあんたに任せたいんだ。やってくれる?」
「はいっ」
 ルウェリンはにっこり笑った。
「でも心配ご無用です。アース殿に何かあるなんて事はありませんから」
 その信頼は嬉しいがそういうわけにもいかない。曖昧なセイリアの笑い方に気づいたのか、ルウェリンがちょっと不安そうになった。
「もしかして本当に女の方なのですか……?」
 ひえっ。
「いやっ、そういう意味で言ってるんじゃなくて」
 うまく嘘をつかずに切り返せたはずだ。
「まあ、私がずっと護衛を続けられるならそれに越したことはないんだけど。……だからね、隊長のところに行ってくる」
「隊長ですか?」
「そう」
 騎士隊本部までは少し遠いが、セイリアはかまわず歩く早さを進めた。先手必勝だ。

 ルウェリンは多くを聞かずについて来た。既にセイリアのしようとしていることを察しているのかもしれない。
 突然の訪問にも、隊長は快く応じてくれた。懐の広い人なのだ。
「お願いがあります」
 頭を下げたセイリアを、隊長は温かく見守っている。
「近ごろの騒ぎの数々、隊長もご存じのことかと思います。畏れ多くもシェーン……王子、に何かがあって、私の護衛の任が解かれるようなことがあるかも知れません」
 うむ、と隊長は頷いた。セイリアは続けた。
「勝手とは存じますが、私はどうしても、シェーンの側にいたいんです。他の人だとちょっと心配です。隊長、この先なにがあってもシェーンの側にいること、ご許可願えませんか」
 隊長は少しの間沈黙していた。しまった、うっかりシェーンに王子をつけるのを忘れていた。しかし隊長はその辺に関してはいつも甘い人だった気がするのだが。
 隊長が口を開いた。
「アース・ヴェルハント。君はシェーン殿下と本当に信頼し合っているのですな」
 うーん、信頼ってちょっと違うかもしれないけれど。
「よかろう」
 その返事が来てセイリアは思わず顔をあげた。
「本当ですか!」
「ああ。君の腕は確かだ。その真っ直ぐな気性のことだから何か企んでいるわけでもあるまい。……その実力に褒美をやろう。好きにするがよい」
 やった。
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げた。決して礼儀正しいセイリアではないが、本当に感謝の念が湧いた。よかった。これでシェーンを少しでも助けられる。
 何より。
 シェーンと引き離されなくて済む。

 一番怖いのはそれだった。ああ、やっぱりあたし、シェーンのこと好きなんだなぁ、と、鈍いなりに思っていた。
 何があっても、側にいたい、と。

 そして数日後、本当の意味での波乱がオーカストを襲った。


最終改訂 2008.06.19