The Preparation for Departure 
出発準備

 

 常ならず改まった様子で話がある、と父と双子の片割れを自分の部屋に呼んだセイリアは、シェーンの決定と自分の意志を二人に伝えた。怒られるか反対されるか、その両方を覚悟していたのだが、思いの外二人は反応が少なく、セイリアは拍子抜けした。
「なんかもう、姉さんが何を言い出しても驚くのはやめることにしたよ」
 アースが溜め息交じりに言うのでセイリアは唇を尖らせた。
「何よそれ」
「そんな顔したって、だって姉さんの性格がそうなんじゃないか」
「言うようになったじゃないの……」
 セイリアが唸る。黙っていた父はぽつりと呟いた。
「……元気すぎて国の外まで飛び出した貴族令嬢だなんて、聞いたことがないな」
「いまさら何を言っているの、お父様。あたしが普通の貴族令嬢だったことなんて、一度でもある?」
「……せめて自分で言うのはやめなさい」
 がっくりうなだれた父を見て、セイリアはさすがに少し申し訳なくなった。
「お父様、心配ばかりかけてごめんなさい。でも、やっぱりシェーンのことだけは譲れないのよ」
 父はセイリアを見つめると、少し苦笑した。
「やりたいようにやりなさい。お前は止めても無駄だからな。……だが、ちゃんと無事に戻って来なさい」
 うん、とセイリアは素直に頷いた。帰る場所があるからこそ、迷わずに飛び出せるのだとちゃんと分かっていた。
「戻ってくるわ。戻るために行くんだから」


 アースは全面的にバックアップをしてくれることになった。国内のシェーンの協力者との連絡係として、主にセレスティア嬢、そしてオーディエン公爵家と連携体勢をとった。大尉ももちろん、協力を自ら申し出てくれた。レナードは家と主人のついた側が同じだったため、黙々と追随。
 そして、アリアンロードも、家は中立派だが個人的に手伝うと申し出てくれた。彼女に関しては、シェーンについて行くのは姉の方だと言ってある。特に驚く様子もなく(元から何を考えているのか良く分からない子ではあるが)アリアンロードはこくりとひとつ頷いただけだった。何もかも見透かされているような、あるいは全く頓着していないのか、双子にとっては少々恐ろしい反応だ。
 その他にも、シェーンは何人かに協力を仰いだらしい。ちゃんと全員から協力は取り付けたようだった。
「断らなそうな人に頼んだからね」
 とはシェーンの言。まあ確かに、断りそうな人に打診してこちらの動向が王兄に漏れては元も子もないのだろう。
 その上で、セイリアが少々驚いたのは、ルウェリンがついていくと言い出したことだった。元はと言えば、騎士を辞めた時、騎士じゃなくなってもこれからもセイリアの従者でいたいと言ってきかないルウェリンに困って、国外へ行くということを話してしまったことが始まりだった。
「ぼくも行きます!」
 従者は主人に似るのか、ルウェリンはセイリアの想像以上に頑固だった。いつもは聞き分けがいいのに、今度は頑として譲らない。
 シェーンに相談した結果、結局連れて行くことになった。目的が目的だし、正体が正体なので戦闘要員は多い方がいいという結論である。正直、セイリアはシェーンと二人きりになるのかなと期待半分緊張半分だったので、安心したような、悲しいような気分だった。

 そしてセレスの家で、各々の役割を確認する会議が開かれた。こちらは若い衆、正式にはまだ各々の親の庇護下にある子息令嬢たちの集まり。シェーンは見張られていて自由がきかないので、代表はセイリアとアースだ。
「皆さんには、ハーストン公爵の目を欺きつつ、彼が陛下の失踪に関わったという証拠がつかめないかどうか、国内から調査していただきたいのです。あたしたち姉弟が連絡を取り合うし、ルウェリンが伝令役をしてくれることもあると思います。なので、連絡したい時はうちにしてください」
 皆が小さく頷く。続けてアースが話しだした。
「シェーン王子の行き先は、その、申し訳ありませんが始終お伝えできません。あの……万が一を考えてのことですから、どうぞご了承ください」
 アースはどうしても、自分が説明する段になると少々緊張してしまうようだ。セイリアは何度かアースの足を踏ん付ける必要があった。ここでおどおどっぷりを披露してしまったらさすがにアリアンロードに気付かれてバレてしまうではないか。
「それに、その、イタッ! ……ええ、掴む情報の中には他国の国家機密レベルのものもあるかもしれないので、シェーン王子から伝えられる情報も多少隠される部分があると思います。これもどうぞご了承ください」
 踏ん付けたら口調が直った。やればできるのに、本当に世話が焼ける。今度はセイリアが口を開いた。
「それと、これはシェーンから言われてるんですけど」
 これは気が進まないが言うしかない。セイリアよりはシェーンのほうが、こういう作戦を立てることが得意なのだから。
「誰か、ハーストン公爵側をスパイしてくれる人はいませんか。男性女性は問わないそうよ」
 全員が顔を見合わせる。ハウエル大尉が口を開いた。
「令嬢方にそれをやらせるのは酷じゃないかな。それに、セレスティア嬢は無理だよ。オーディエン公爵家の娘を、王兄が信用するはずがないからね」
「そうですわね。わたくしは正当な立場でお手伝いさせていただきますわ」
 セレスティアもそう言った。その隣で、アリアンロードがそろそろと手を上げる。
「……私がやりましょうか」
 え、と全員の視線が彼女に集まる。彼女は淡々とした口調で言った。
「キンバリー男爵家とノースロップ伯爵家は中立派です。疑われる可能性は少ないかと」
「アリアンロードさんが……?」
 アースが少々不安そうな顔をすると、アリアンロードはぽつりと言った。
「アリアンと」
「あ、はい……アリアンさん」
 アースがタジタジになっている一方で、セレスはアリアンロードを支持した。
「いいかもしれませんわ。アリアンロードさんは感情が顔に出にくいお方ですもの、腹を探られる危険性は少ないかもしれません」
「そうだね。では、同じく感情が顔に出にくいレナードもつけておくか。彼は騎士隊の人間だ、そういう訓練も受けているだろう」
 大尉も言い出す。これにはアースも不安な顔をしなかった。レナードなら安心だと思っているらしい。そして、当の本人は少々戸惑った様子をちらつかせたが、何の不平も言わず、意見も言わず、ただ一言「了解しました」と言った。
 アースはフォローするように言った。
「あまり深入りする必要はないとシェーン王子は言っていましたから。万が一スパイをしていることがばれた場合、こちらの人手が減る上、芋づる式に吊るし上げられてしまっては元も子もないということのようです。自分の身にはくれぐれも注意するようにとのことでした」
 アリアンロードとレナードはそろって頷いた。
「それから、軍は比較的シェーン王子の側の人が多かったので、大尉も注意するようにとのことです」
「分かっているよ」
 大尉が微笑む。
「シェーン王子どころか、王兄が一番恨んでいるはずの陛下に忠誠を誓っていた人間だからね、私は。人脈と情報源の提供をするぐらいの活動にとどめておくよ。向こうがこちらが動ける環境を整えてくれない限り、無茶はしない」
「ありがとうございます」
 アースは言って頷く。それから、アリアンロードのほうに少々不安げな表情を向けた。
「ご両親の了解は、取らなくても?」
「……取ろうとしたら取れなくなりますので。両親の命に逆らいたくないですから、このままで」
 了解を拒否されると動けないので黙って動いた方が良いという事らしい。なんとも大胆だ。セイリアは苦笑した。自分の周りには大胆な強い女の子が多いようだ。
「それならアリアンはあまり大きな動きをしないほうがいいかもね。なら、動いてもらうのはレンが中心になるかしら」
「おそらくは」
「レン、他人事じゃないのよ」
「……はい」
 無表情だが、すこし困っている感じだ。大丈夫かなぁ、とセイリアは少々心配になった。能力は申し分ないのに。
「それじゃあ、そういうことでいいかしら?」
 セイリアが締めくくると、全員が頷いた。誰からともなく手を掲げ、全員で宣言する。
「オーカストのために。シェーン王子のために」


 シェーンに結果を報告すると、シェーンはうんと頷いた。
「なかなかいい人選かもしれない。レナードはオーディエン公爵家の人間だけど、彼が家の中で孤立しているのは半ば公然の事実だからね。伯父上もまさかオーディエン公爵が息子に物を頼むとは思わないだろうし」
「そんなに公爵ってあんたの伯父さんから目をつけられてるの?」
「だって国内有数の権力者がぼくの味方をしているんだよ。誰だって目をつける」
「……はあ」
 いつもながら自分って国内の権力図分布に疎いなぁとセイリアは実感した。シェーンは続ける。
「アリアンロード嬢は……あまりよく知らないけれど。情報収集能力はあると思う?」
「うーん、どうだろう……人の心の中を言い当てることはしょっちゅうだけど」
「じゃあ、結構観察力の高い人なんだね。それなら自分の危機にも気付けるだろうし、安心だ」
 一発でアリアンロードの性格を言い当てた。やっぱり敵わないなとセイリアは苦笑した。これだから太子なんかに選ばれて、波乱の人生を送る羽目になってしまうのだ。そのおかげでセイリアはシェーンと出会えたわけだけれと。
 セイリアは溜め息をつきながら、机の上に後ろ手に腕を付いて、机に寄りかかった。
「17年でこれだけ波乱の人生って、あんたも苦労するわね。最初は監禁、かと思えば太子になって命を狙われたり公務をこなしたり、今度は太子の地位を失って国外逃亡よ」
「こんなものだろうさ」
「そうね。人より色んなことが経験できるって、幸せなことね」
 シェーンは苦笑した。
「君らしい考え方だね」
「当たり前よ」
「そうでなくちゃ」
 シェーンはヌーヴェルバークの地図の上にいくつかの印を書き込んだ。そして、人名がたくさん書かれているリストと照らし合わせている。綴り方からして、ヌーヴェルバーグの人名だ。
「それ、人脈であんたと繋がってる人リスト?」
「そんなものかな。正確には人脈を持っている人間が紹介してくれた人リスト」
「……そんな遠い人脈で大丈夫?」
「それぞれの間の信頼感が強ければ大丈夫。渡るのは楽だよ」
「そういうものかしら」
 シェーンはセイリアを見て、自信たっぷりの笑みを見せた。
「怖気付いていたら何もできない。動くときは動かないと」
 セイリアも頷いた。
「そうね。迷ったら動く。とにかく動く。止まったままじゃどこにもいけないでしょ。本物の道も、人生も」
 そう、進んでいくだけだ。たどり着きたい場所があるから、動くだけ。

 シェーンはちらりと外を見て、セイリアの手を取った。
「行こう。まだ準備が残ってる。これ以上部屋にこもってたら、あの監視役に変な疑いを持たせるよ」
「うん」
 セイリアは元気よく頷くと、歩き出した。


最終改訂 2008.09.10