Prince's Tea Party
王子のお茶会

 

 兄上、とカーティスに声がかかる。カーティスが振り返ると、ランドルが彼に近づくところだった。
「私のテラスでお茶をいただこうと思うのです。ご一緒にいかがですか」
 突然の誘いに長兄は眉を寄せた。
「……同伴者がいるみたいな言い方だな」
「ええ。オーディエン兄妹と、オストール大尉が」
「オーディエンにオストール? この前から大層仲が良いようだな。しかしシェーン派ばかりじゃないか。そいつら、逃げたシェーンと共に何かを画策しているんじゃないか?」
 声を荒げた兄に対してランドルは首をすくめた。
「彼らはシェーンについてまだ何も私に言っていませんよ。協力を打診するようなことも言われていない」
「いずれ言われるさ」
 ランドルは一瞬沈黙して、兄の顔を見つめた。
「どうしたのです? やけに機嫌が悪そうですけど」
「俺のクロイツェル行きのことを何も聞いていないのか」
 ランドルは、それは聞いていた。きっとまた哀れむような顔になってしまっているのだろうと自分でも思いながら、彼は言う。
「でしたらなおさら、気分転換はいかがです?」
「……そんな気分じゃない」
「ですから、その気分を転換するんじゃないですか」
 カーティスは弟を振り返った。
「珍しく熱心に誘うな」
「……お茶会は、本当に良いものですよ」
 ランドルは微笑む。珍しく本物の笑顔だった。
「あの人たちは、やはり年若いせいもあるのでしょうか、私のような者に敬意は持っても媚びないんです。それに、オーディエンの二人は特に、嘘をつけるたちじゃない。彼らは率直で、一緒にいると安心します」
「……ほう。お前がそこまで言うのか」
 カーティスは興味を引かれたようだった。
「そこまでいうなら行ってみてもいいかもしれない。予定を確認してこよう。どこで開くんだ?」
「今日は、王宮で。私が茶葉を探してきたので、私が招きました」
「……わざわざ探しに行ったのか? お前、お気に入りの銘茶があっただろう」
 覚えていたのか、とランドルは一瞬驚いたが、そんな兄らしい一面を垣間見せた第一王子に、苦笑を投げかけた。
「実は、誘っておいて申し訳ないのですが、お茶の質は保証できないんです……高級茶葉を用意してみたのですが、一体どうなることやら」
「……なんだそれは」

 狐に包まれたような顔をしてはいたが、そんなカーティスもカップの中身を一口飲んで無言になり、ランドルのいう意味を理解したようだった。
「……ランドル」
「はい?」
 カーティスが顔を上げれば、全員が苦笑とも取れる諦めた笑みを浮かべて彼のほうを見ていた。全員この結果を予想していたらしい。
「これは、確かにお前がわざわざ取り寄せたんだな? 会わない茶葉同士を勝手にブレンドしたわけではないんだな?」
「違いますよ」
 カーティスの目が、茶を淹れた本人に向く。レナードは無表情だが、目を伏せていて、落ち込んでいるようにも反省しているようにも見えた。
「なんというか……ある意味才能だな」
「そうでしょう? 言ってみればどんな安い食材でも高級料理に変える料理人と似たようなものです」
 第一王子と第二王子は、裏を返せばとんでもなく失礼なフォローをした。ある意味、とか言ってみれば、などといった語をつける時点で意味はひっくり返る。ハウエル大尉はもう諦めた、という顔をしていたし、セレスティアは申し訳なさそうだった。恥ずかしそうに進み出て申し出る。
「やはり次からはわたくしに淹れさせていただけませんか」
「え、いや……」
 カーティスがちらりとレナードを見た。多分彼に、レナードの表情は読み取れないだろう。
「……頼もう」
 結局、気を遣うより己の欲望に忠実に、カーティスは答えた。レナードがますます目を伏せて下がる。苦笑したランドルが彼に声をかけた。
「私は君のお茶が好きだよ、レナード」
 レナードは顔を上げ、目を瞬くと、一言ありがとうございます、と答えた。心なしか嬉しそうに見える。表情が極少ないので酷く分かり辛いが、レナードの表情はごく素直だった。

「カーティス殿下」
 大尉が静かに口を開いた。
「このような席でお尋ねするのは憚られるのですが、ご出発はいつ頃になるのですか」
 カーティスは眉をひそめて大尉を見た。
「お前は根っからの軍人のようだな。王子を見るとそういう話をしたがる」
 大尉は苦笑する。
「カーティス殿下はなかなか捕まらないので。こういった機会にでもお話をさせていただかないと」
「ふん」
 カーティスは少々不機嫌に鼻を鳴らして、カチャリと音を立ててカップをソーサーに置いた。
「その話題は一度限りにしたほうがいい。俺はそのことに関して酷く不機嫌になっているんでね」
「肝に銘じておきます」
「二週間以内だろうよ」
 カーティスは言った。
「いくものかと思っていたのだが、逆らえなかった。俺は足掻く人間だ。無駄だと分かっていても足掻く人間が、逆らえなかった。お前たちもせいぜい頑張ればいい」
 大尉は黙ってその言葉を聞いていた。忠告にも、負け惜しみにも聞こえる言葉だった。カーティスは続ける。
「ただし、もし俺に取り入ろうなんて魂胆があるなら、さっさとゴミ箱にでも捨てろ。俺はシェーンの手伝いをする気なんかさらさらない。二度と戻ってこなくて結構だし、そもそも俺は追い出される身だからな。期待されても困る」
「カーティス殿下。そのように自暴自棄では周りも自分も傷つくだけですわ」
 セレスティアがやんわりと言った。
「出すぎたことと存じますけれど、お許しくださいませ。……取り入ろうとしているのではないんですのよ。わたくしは争いごとが、牙を向き合うことが好きではないだけなのです」
「……王子をいさめるとは、たいした度胸だな」
 カーティスはそう言ったが、怒っている様子ではなかった。レナードはちらりと妹に目を走らせて、かすかに不安そうな顔をする。
「……セレスティア」
「お兄さま、心配しなくても、この程度の発言で罰せられはしませんわ」
 セレスティアはおかしそうに笑った。レナードはまだかすかに不安そうにしながら言う。
「相手は王子だ」
「君はそういうところが固いね」
 大尉も苦笑しながら言う。
「相手のためを思うというのは、なにも相手の言うことを聞くことばかりじゃないよ。思うからこそ諫言だって言うんだ」
「……そうなのでしょうか」
 そうだよ、と大尉は言った。カーティスは妙な顔をした。
「その物言いは、オーディエン嬢が俺のためを思って発言したよな物言いだな」
「少なくともただ貶すためだけの諫言ではなかったでしょうよ」
 ランドルはお茶をすすりながら、そう言って微笑んだ。
「兄上、そのように警戒ばかりしていると疲れませんか」
「……なんだそれは。お前までこいつらに感化されてのんびり構えるたちになったのか。宮廷で育ったお前が」
「彼らとて宮中のごく中心にいる人たちですよ。……こういうのも、悪くないではありませんか?」
 カーティスは少し驚いたようにランドルを見つめた。そんな兄を横目に、ランドルは微笑みながら続けた。
「私たちは、一生触れることのできないものだと思い込んでいただけかもしれませんよ」
「……妙に前向きだな。お前らしくもない」
「一時ぐらい、いいじゃないですか、そう考えても」
「前言撤回だ。そんなに前向きでもなかった」
 セレスティアが横でくすくすと笑った。王子二人は少し驚いたようにセレスティアを見る。セレスティアは笑って言った。
「安心しました。噂では、お二人はあまり仲がよろしくないのかと思い込んでいましたの」
「……良さそうに見えた?」
 ランドルがたずねると、セレスティアは迷わずに「ええ」と答えた。
「少なくとも、どこにでもいるご兄弟のようでしたわ」
「王子としては褒め言葉なのか失敬なのか微妙だぞ、その発言」
 カーティスが眉を吊り上げる。セレスティアは動じずに、お褒め申し上げています、と言った。
「血で血を洗う兄弟と、どちらが良いかは明白ではありません?」
「…………」
 カーティスは沈黙する。彼は一口お茶をすすって、呟いた。
「どうして、王族ってこうなんだろな。目指すところに、王座しか与えられていないんだろうな」
 全員がカーティスを見つめた。カーティスはその視線に気付いて機嫌を悪くした顔をする。
「何だその目は」
「……兄上が王座に疑問を持つとは思いませんでした」
 ランドルが正直に言う。他のものも同感だ、と言う顔をしていた。
「別に疑問を持っているわけじゃない。俺は選択肢が一つならそれに向かって突き進むだけだ。もぎ取るだけだ。ひとつなのが不満なのであって、その選択肢に不満を持っているわけじゃない」
「はあ……」
 カーティスの説明に、ランドルは首を傾げながら呟く。
「でもまあ、事実ですね……私たち王子は、王座にたどり着けるかどうかでしか価値がはかられない部分がある」
「未来の王でなければ、不相応に穀潰しになるだけだからな」
 聞いていたハウエルが口を挟む。
「全ての人に、身分を取り払った自分を見てくれというのは無理ですよ、殿下方。いいではないですか、一人でもそういう人を見つける事が出来れば」
「いるものか」
「いましたよ」
 ハウエルは言って笑う。
「今は国外逃亡中ですがね」
 少しデリケートな部類に入る話題だった。ひくりとカーティスの眉が動く。
「……物は言いようだな」
 カーティスが皮肉を言った。ハウエルは肩をすくめて苦笑しただけだった。フォローをするように、セレスティアが続ける。
「それに、程度が違うとは言えわたくしたちも似たような立場にございますわ」
 彼女はカップの取っ手をいじくりながら、囁くように言った。
「……わたくしは、王室公爵家の一人娘です。王子様方とも、大きく歳が離れているわけではございませんわ。生まれたときから、わたくしは王妃の最有力候補として目されていました」
 カーティスとランドルは顔を見合わせた。つまりは、平等に確率を配分するとして、四分の一の確率で、彼らのどちらかの妃になる可能性があるということなのだ。
「未来の王妃の最有力候補。王子様方よりは曖昧な身分ですけれど、それでも強力なレッテルには違いありませんもの。わたくし、そのせいもあって最初の恋が大失恋に終わりましたのよ」
 政略結婚の世で恋愛と言う言葉を口にするのは結構大胆なことだ。ランドルとカーティスは驚いたような表情をした。セレスティアは、むしろ彼らの反応を楽しむように笑う。
「それでも、公爵家の娘ではなくて、未来の王妃ではなくて、一人の女の子として恋が出来たこと、楽しかったですわ。カーティス殿下もランドル殿下も、どうかそういった機会があったら無駄になさらないでくださいね」
 王子二人は黙っていた。ランドルの視線は紅茶の水面をさまよい、カーティスのついた溜息が、春の始まりの空気に溶けた。



最終改訂 2009.10.18