見える世界 * 弐


 そしてお泊まり決行の日が来た。夏休みに入ってまだ一週間もない。今年も自由研究何にしようかなと悩む時期がやって来た。
 友達は朝のうちに、着替えと洗面道具をいれたカバンを持ってうちに集合した。みんなわくわくしてるみたいだった。私も、届くんのことは気になったけれどわくわくしていた。友達の家にお泊りに行ったこともないし、誰かがお泊りに来るなんて私は初めてだったのだ。
 私たちはうちの庭で竹馬をして遊んだり、木に登ったり、それから畳の上でごっこ遊びもした。私たちが実は姉妹で、悪人たちと戦っているごっこ。流行のアニメの真似だった。トランプもやった。私は顔に全部出てしまうみたいで、ババ抜きをやると必ず負けてしまう。見かねたちーちゃんが大富豪にしようと言ってくれたから助かったけど。

 こんなに一日中友達と遊ぶのは初めてだった。夕飯の後、私たちは縁側で涼みながら蛍を見た。
「すごーい、ユコちゃんちって蛍がいっぱいいるんだね」
「沢でも近いのかな」
 3人ともすごく喜んでる。蛍を捕まえて手の中で光らせたりして遊んだ。……これももしかして、この前の妖だったりして。私はそう思うとちょっと怖気ついた。本当は卵ぐらいの大きさがあるんだよね……。害はないよと届くんは言っていたけれど。

 しばらく遊んだ後、皆で縁側でスイカをかじりながらおしゃべりしていたら、届くんの話題が出た。
「ねえ、届くんって癒子のお兄さんじゃないんだよね」
「違うよ。うちで預かってるだけ」
 私は返事をした。しゃべったら種を吐き出し損ねて思い切りガリっと噛んでしまった。ううっ。
「養子なの?」
「ううん、違うみたい」
「へぇ。じゃあ癒子、届くんと結婚できるんだ」
 私は今度は種ごとごっくんとスイカを飲んでしまった。
「さ、さっちゃん……」
「癒子って届くん大好きだもんねぇ」
「ねぇ」
 ……皆からかって遊んでる。私はうう、と呟いて俯くしかなかった。
「でも届くんって目が見えないんでしょ。そんな人と結婚したら大変そうじゃない?」
「そんなことないよ。届くんはほとんどなんでも一人でできるもん」
 私はそういった。本当になんでもできる。私にはできないことだってたくさん。それに、妖を見ることだってできるんだから。
「でも届くん……中学に入ったら盲学校に行っちゃうかもしれないの。そしたら学校に住むんだって」
「えぇっ?」
 みんながびっくりした顔をした。
「うわあ、悲劇!」
 ハルちゃんが言う。私も悲劇だと思った。
「うーん、でもそっちのほうが届くんのためにもいいのかもよ」
「……そうだよねぇ。学校でもちょっと浮いてるもんね。いろんな意味で有名人」
「なんか幽霊が見えるとかって噂もあるし」
 皆が口々に言い出したのを聞いて、私は思わず言った。
「見えるんだよ、本当に」
 皆が黙り込んで、私を見つめた。ああ、やっちゃった。あまり言わないほうがいいことだってことは分かっていたのだ。皆信じないことだと。
「……本気?」
 けれど、言った以上は言葉を撤回したくはなかった。皆大好きな友達だからこそ、信じてほしかった。
「本気だよ」
「……ってことは、届くんって目が見えないのに幽霊とかは見えるの?」
「そう」
「じゃあ時々目が見えるみたいな行動をするのは、幽霊が見えてるから?」
「多分、道案内してくれてるのがいるんだと思う。幽霊だけじゃなくて、妖怪とかも見えてるよ」
「……本当の本当に?」
「私も声は聞こえるもん」
 皆がまた黙った。ああ、気まずいよう。皆が困った顔をしている。ちょっと怖がってもいるみたいだ。
「ユ、ユコちゃんが言うなら本当なんだろうね……」
「嘘だったら顔に出てるもんね……」
「私は霊感ないから全然わかんないけど……本当なんだね」
 おっかなびっくり信じてくれているみたいだった。
「すごいねぇ……」
 ちょっと呆然としながらも3人ともそう言った。私はちょっと心配で、確かめるように聞いてみる。
「笑わない?」
「だって、本当なんでしょ」
「うん……」
「じゃあ、本当なんでしょ」
「うん」
 嬉しくなって私は笑った。3人もくすくすと笑う。よかった。やっぱり皆は大事な友達だ。親友だ。

 そのままスイカを食べ終わると、私はお皿をお母さんのところまで持っていった。お兄ちゃんとお父さんはテレビを見ていて、届くんは散歩中らしい。一人で大丈夫かな、と思ったけれど、いつものコースなら届くんも慣れているから大丈夫だろう。
 私が庭に戻ると、ちーちゃんが張り切って言った。
「さてっ、今日のメインイベント、肝試しでーす!」
 わーっ、と私たちは手を叩いた。今日は新月でなんか本当に何か出そうな雰囲気でちょっと怖いけど、分からない人には「そういうの」たちも手を出しにくいから大丈夫かもしれない。
「どうせならとびっきり怖いコースを回って帰ってくるのがいいんじゃない? ねえユコちゃん、ユコちゃんが道案内をしてよ」
「わ、私?」
 うーん、どうしよう。とびっきり怖いコースってつまり、とびっきり「出やすい」コースなのだ。
「本当に出るかも……」
「それくらい怖いところのほうがいいよ。ユコちゃんになにか聞こえたら、みんなで全力で逃げるってことで」
 大丈夫かなぁ。
 心配になったけど、そんなに危ないのは出ないだろうと思って、私は賛成することにした。お母さんに出かけることを言ったら、お兄ちゃんについていってもらおうか、と言われた。
「悪いけどパス。今いいとこなんだ」
「……チカくん、兄馬鹿はどうしちゃったの?」
 お母さんに言われておにいちゃんは肩をすくめた。
「癒子一人でいくって言うならついていったけどさ、友達がついてるんだろ。それに肝試しだったら、男がいないほうが怖くて盛り上がるだろ」
 そういうわけでお兄ちゃんはついてこないことになった。ちょっと不安。

 私は皆を連れて家の門を出て、石畳の上を歩いて竹林を通った。途中で道の脇から竹林の中に入る。月も出てないからほとんど真っ暗だ。持ってきた懐中電灯だけが頼り。時々蛍がふわっと飛んできて、私たちを驚かせた。一歩間違えると人魂に見える。
 怖さはばっちりだった。なにせ光がないし、虫が鳴いてるし、虫の鳴き声がうるさくて、逆に他の音が不気味なほど静か。私たちはしっかり固まって歩いた。心臓がドキドキする。自分たちで小枝を踏んでぽきっと折るたびに、全員で「今の何っ!?」とびくびくした。
「真っ暗だねぇ……」
 ハルちゃんが小さい声で呟く。
「うちの近くは家ばっかりだから、こんなに暗いところ初めてだよ……」
「私、昔お墓で肝試しやったけど、それでもこんなに暗くなかったよ……あそこは少なくとも上が開けてたけど、ここは全部竹なんだもん」
 さっちゃんも言う。私もものすごく怖かった。なんか寒い。……寒すぎる。
「なんか嫌な予感だよ……」
 私が呟いた。本当に虫の声しかしない。
「そろそろ戻ったほうがいいんじゃないかな。十分怖かったよ」
「そ、そうだね……癒子がそういうなら、本当に何か出るかもしれないし」
「そうだよ。みんなで持ち寄ったお菓子とかを食べならおしゃべりしよう。……私、自由研究のことで相談があるんだ」
 ちーちゃんが言ったところで、急に虫たちが鳴きやんだ。
 私たちは皆、動けなくなった。なに、これ。何が起きたのか分からなくて、ただ背筋に寒気が走って、心臓がばくばく言っている。そして、不気味な声が響いた。

『喰わせろ……』

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